そこに君がいるから
いてくれるから
上手な君の愛し方〜後編〜
「一騎くん・・・・どうしたの?」
放課後の教室は どこか物静かで、落ち着いた。
静かな場所が好きな俺は そっと風の音に耳を澄ませながら、
窓の外を 窓際の一番後ろの席に腰を下ろしてぼんやりと眺めるのが
いつの間にか日課になっていた。
ぼーっと佇む俺の背後から、柔らかく微かに甘い雰囲気を漂わせた声色が
そっと通り風のように触れた気がして、俺はゆっくりと後ろを振り返ってみる。
するとそこには、赤茶色で肩に掛からないくらいの髪の長さに
大きな瞳をした少女が 不思議そうな表情で 椅子に座る俺を見下ろしてきた。
「・・遠見」
その名前を呼ぶと、少女は はにかみながら、隣の席に座って
俺の様子を窺っては問いただして来た。
「一騎くん、・・なにか悩み事?もし私に出来る事があったら言ってね?
何でも協力するから!」
素直過ぎる遠見の言葉に、胸が詰まった。
何でだろう・・・、遠見の真っ直ぐさは いつも澄んでいて心地いいのに
今はどうしようもなく、辛い。
「・・・−−ありがとう、でも大丈夫だから」
まるで・・自分を見ているようだ。
総士に何も出来ずに居る俺。
協力したいと思いながら、何も出来ない俺。
・・・そう考えると、遠見と俺はやっぱり、ーー違うか・・。
だって遠見はちゃんと言葉に出してる。
ちゃんと自分の気持ちをはっきりと伝えてる。
でも、おれはーーーーーーーー・・。
そう考えると、また気持ちが停滞してくる。
ワルキューレの岩戸での出来事を目の当たりにした俺は
あのあと、総士に見つからないよう、静かにその場を後にした。
・・やっぱり何も出来ないままで。
情けない。本当に、心からそう思う。
あれから色々考えてみたけれど、自分がどうしたらいいか
中々答えが出なくて・・・・暗闇に放り込まれた気分だったけど。
でも、沢山考えてひとつ、わかった事がある。
総士が何故、あんなに傷ついた笑顔を見せていたのか・・
淋しそうな瞳をしていたのかーーーーーやっとわかった。
総士は・・・・
家族が
家庭が、
・・欲しかったんだ、きっと。
だってそうとしか考えられない。
『−−−・・僕にはあまり、・・・家族との想い出がないからな・・』
あの言葉も
少女に向けた、傷ついた笑顔も
きっと、家族が居ない淋しさからーーーーー・・来てるんだと思った。
あの水槽のようなモノに浮かぶ少女が誰なのか。
あとから遠見先生に聞いたら、総士の妹だと言っていた。
自分の実の妹が・・・・あんな風に、赤い液体の中に
ただ、浮かんでいるだけだとしたら。
話しかけても、答える声が なかったとしたら・・・
どんなに
悲しい事だろう。
其処に確かにいる、たった一人の家族が
自分を瞳の中に映してくれなかったら
どんなに
・・淋しい事だろう。
一方通行の想いが辛いことくらい、俺にだってわかる。
総士はいつも どんな気持ちで あの少女を見上げていたんだろう。
そんな事を考えると 居てもたってもいられなくなるのに。
おれは、いつも無力で・・。
俺じゃない、誰かなら・・・総士の力に、なれるのかな・・。
そう・・・例えば、俺の目の前に今居る・・・
「・・・・一騎くん・・・?」
遠見、・・とか。
「一騎くんてばっ・・?」
”ーーーーーーズキンッ・・”
「ーーーっ・・・あ! ご、ごめん、ぼーっとして。・・俺、もう行くよ。」
「・・・・えっ?ちょっ、・・一騎くん!?」
遠見の制止する声を振り切って、俺は教室を
逃げるように飛び出した。
なんだろ・・。今、胸が 確かに痛んだ。
総士の力になれるのが、もしも遠見だったら。
そう思うと、胸の奥が 苦しくなって 身体に電流が走るような
感覚に陥ってーーーー痛くなったんだ。
わけがわからない痛みに襲われながら、俺はただひたすら廊下を走っていた。
見えない何かを振り切るように、自分の中の闇に・・呑み込まれない様に。
遠見なら
総士に何をしてあげられるんだろう・・
そんなことを どうしても考えてしまう。
ーーーーーーーそして不意に、自然と 答えに行き着いた。
ピタリ、と俺の足が止まる。
まるでネジが切れたぜんまい仕掛けの人形のように。
立っているのが、やっとだった。
そうだ
そうだよ・・・
遠見なら、なんだって総士に 与えられるじゃないか。
俺に無いもの、全部
持ってるじゃないかーーーーーーーー。
総士のこと、幸せに出来るのは 俺じゃない。
総士に幸せを与えられるのは 俺じゃない。
俺は今まで、どうして気づかなかったんだ・・?
自分の幸せで全てを覆い隠していたんじゃないのか?
総士の幸せも考えずに、奪ってきたんじゃないのか?
総士には幸せになってもらいたい。
幸せになる権利があるのに。
おれが・・・奪ってた。
あのときの、左目のように。
また、おれはーーー自分勝手な事ばかりして
総士を、苦しめてたのかもしれない。
総士・・・ごめん、総士。
おれ・・・わかったフリして、何もわかってなかったんだな。
総士、おれ・・・お前のことが好きで
好きで・・・・・
何も見えなくなっていた。
総士
おれは・・・・・・・・男だ。
女じゃ、ないーーーーーーーーーー・・・。
+++
「・・・・・どういうことだ?」
海岸沿いを、二人 夕映えの中 ゆっくりと歩いた。
いつものように 訓練のあとは、二人だけのささやかな時間。
おれをいつも途中まで送ってくれる総士。
そんな総士の優しさが、そんな総士との些細な時間が大好きだった。
おれの、宝物だった・・・
「−−・・今、言ったとおりだけど・・」
いつもより低い総士の声が防波堤に反響するかのように
俺の耳の奥で鳴り響く。
硬く、強張った表情に、細められた銀色の双眸。
明らかに、不満と怒りと悲しみで滲んでいた。
「僕が納得できると思うか・・?いきなり”別れたい”、なんてーー」
「・・・・思わない」
「ーーーーーーーだったら・・っ!!」
いつになく荒々しい声が、辺りに木霊した。
夕焼けの海が俺たちの姿を呑み込む様に近くでひっそりと佇んでいる。
夕日の赤い光が肌を射しては、俺たち二人を包み込むようだ。
おれは視線をアスファルトに そっと落として俯くと、
総士に語りかけるように言葉を紡いだ。
「なぁ、総士・・・・俺じゃなくても、お前にはもっと合ってる人が
・・・・いる、と思う・・・」
好きだけど
好きだから・・・・
言葉は、時に残酷で 誰かを不意に悲しませてしまうけど
乗り越える勇気と強さがあれば
「・・・・・本気で言ってるのか?」
決して 悲しみだけでは終わらないと思うんだ。
「ーーーーー・・・あぁ、・・・・本気、だよ・・」
きっとその先に 悲しみより大きな、優しさが待っていると思うんだ。
「・・・・おまえ・・・・・」
「総士にはーーー・・・・遠見みたいな人が合ってると、思う」
おれは、そう信じてるんだ。
・・・・・・総士は?
「一騎」
総士は、言葉って どんな意味があると思う?
力があると思う・・・・?
「それ以上いったら・・・・・本気で怒るぞ、オレはーーーー」
ねぇ 総士・・・・
そう、し・・・・
「っ・・・・ーー女だったら よかった・・・」
やっぱり好きだよ・・
「・・・・・え?」
「おれっ・・・・−−−・・女だったら よかったのに・・・・っ」
家族が居ない総士。
妹が居ても、赤い液体に浮かんで、沢山のコードに繋がれて・・
言葉を投げかけても、決して答えが返って来ない
島のために生き続ける唯一の妹がひとり。
可哀想なわけじゃない。
・・悲しいだけ。
どんなに欲しいと願っただろう。
人知れず、・・淋しいと思っただろう。
手の届く場所に居る妹なのに
一方通行の言葉しか 届かないなんて。
総士。
それなのにお前は、そんなこと平気だって顔して 俺の前でだって
いつも強がりを装って、心配しないようにって・・気丈なフリして
たった独りで 頑張ってた。
「そしたらお前に・・・っ、お前の、ために・・・−−何だって出来るのにっ・・!!」
涙が想いと一緒に、赤く染まるアスファルトの上に 優しく零れ落ちた。
俺の近くで総士は、時が急速に流れているかのように
狼狽している。
「な、何言ってるんだお前っ・・・?どうしたんだ急にっーーー・・」
俺の口走ったことに混乱しているのか、俺の涙に動揺しているのか。
総士は狼狽しながらも、俺の肩をそっと掴むと 俺の顔を上に向かせて
視線を合わしてきた。
「だって・・・!おれ、・・・男だからっ・・・・お前が欲しい、もの・・・
何もあげられない・・・・・」
「−−−僕が、欲しいもの・・・?」
微かにうろたえながらも、必死で俺の言葉を理解しようと
総士は 真摯な瞳を揺らしながら 一心に俺を見つめていた。
俺は、そんな総士の気持ちが嬉しくて、更に涙を零してしまった。
「ーーーおれが女なら・・・結婚、して・・・子供を産んで・・・平凡だけど、幸せな家庭を・・
一緒にーー・・・・・・・作ってやれる、のに・・っ・・・・」
「−−−−−−−−−!!!」
だけど、俺は男で・・
総士、お前も男だから
だから、・・・・・・・・何一つ お前にあげられないんだ。
あげられないんだよ。
夕日の赤が 時が経つにつれ、より強く その鮮やかさを
空へと焼き付けていた。
さざめく波音が、残響となって 遠くで木霊する。
潮風が、どこからとも無く吹いてきたかと思えば
肌をすり抜け、夏の匂いを運んできた。
空に仰がれる総士の長い髪が
キラキラと 星のように輝いたかと思った
その瞬間ーーーーー・・その髪が、俺の頭や肩に
降り注がれた。
気がつけば、−−−−−−−−−・・抱きしめられていた。
「っ・・・、総士・・・・」
俺は驚いて、総士の肩越しで 声をあげる。
総士は、俺の声にお構いなしといった風で
強く、強く・・俺の身体を その腕で抱きしめた。
不意に、総士の言葉が耳元で そっと零れ落ちた。
「・・・一騎。僕はお前が”女だったらよかった”なんて思ったこと、一度もないぞ・・・」
「・・・・・・えっ・・」
意外な総士の言葉に、思わず言葉が・・詰まる。
「僕は・・・一騎だから好きになった。
ーーお前が真壁一騎だから、好きなんだ。」
「そ、・・うし・・・・」
「ーーーーだから・・男だとか、女だとか・・本当はどうだっていいんだ・・。
たとえ結婚という誓約が結べなくたって、子供という二人の愛の結晶をカタチに
できなくたって・・・・僕は幸せだ。」
総士
「誰にも負けないくらい、幸せなんだ」
総士・・・・
「足りないものなんて 何もない」
言葉が、声が、その瞳が
「僕は、そんなもの無くたって お前を愛せる」
いつだって 俺を 包んでくれる。
「それ以上に、お前を愛せるよ・・・お前は違うのか?一騎」
いつだって、乗り越える強さと勇気を
与えてくれる。
「約束がないと・・・カタチにしないと、僕を愛せないのか・・?」
総士は、抱きしめていた俺を覗き見るように、自分の胸から少し離すと、
銀色の双眸で食入る様に 俺の瞳を見つめてきた。
「・・・幸せに、なれないのか・・?」
低い声に温かな光が交ざった気がした。
その端麗な顔が緩やかに綻ぶ。
眩しいように瞳を細めて、銀色の澄んだ瞳を
微かに揺らしながら 俺の言葉をただじっと見守る総士が
・・あの、麦わら帽子を取ってあげた親子らしき二人を
見つめていた瞳に似ていた気がして
胸が途端に切なくなった。
「・・・・そういうの 必要か・・・?」
零れ落ちた総士の優しさが、アスファルトにシミを作った。
おれは真っ直ぐに 総士の銀色を見上げてみる。
曇りのない、鮮やかな 銀。
俺の大好きな、−−−総士の瞳。
頬を伝った涙もそのままに、
おれは ありったけの想いを込めて、言葉を宙に
放り投げた。
「要ら、ないっ・・・・ーー総士がいれば、それでいいっ・・・!」
夕暮れの海が近くで揺らめきながら
その水面に 光を反射させている。
俺と総士の抱き合う姿が もしかしたら映っていたかもしれない。
空の赤が 一際強く光輝き、俺たち二人を包み込んで
その強烈で鮮やかな色の中に隠しこんでいるようだ。
風の音が耳を掠めては、肌に触れた。
その鳴り響く音に紛れて
総士の優しい声が聴こえた。
俺の心の中に、俺の瞳の中に 沁み渡るかのように。
「・・・僕と同じだ」
+++
結局のところ、僕らがどうなったかと云えば、
別れることなく、今も幸せな日々を二人で過ごしている。
今度からは、隠し事をしない。想った事は何でも言う。
僕らは、こうした約束事も二人できちんと決めたのだった。
このあと、一騎にふと、訊かれた事がある。
乙姫を見ていたとき、どうしてあんな表情をしていたのか、と。
僕はどう答えれば良いのかわからなかった。
正直言うと、複雑だった。
悲しみ、怒り、淋しさ・・どれを表現しても当てはまるようで
当てはまらない・・曖昧な 僕の中の闇。
それを言葉にすることは、不可能に近いのかもしれない。
だから ただひとつ はっきりと云える事を一騎に答えることで質問の答えとした。
”乙姫に 僕が感じた幸せを少しでも分け与えられたらよかったのに”と
いつも乙姫を見つめているときは そう想っていると 僕は一騎に答えた。
その答えを聞いた途端、一騎は困ったように笑いながら
瞳を静かに揺らしていた。
そしてもうひとつ。
家族や家庭が欲しいか、と訊かれた。
この質問には少し驚いた。
欲しくない、といえば嘘に聴こえるかもしれない。
だけど、僕は今、充分に満たされているから 別に欲しいわけでは・・ない。
ーーそう一騎にはっきりと伝えてみた。
たまに親子の姿をみれば、あんな頃が僕にもあったと
懐かしむ事はある。 だけど、それは過去の綺麗な思い出であって、今ではない。
僕は前に進む事だけを 島を守ると決めた日から考え続けてきた。
だから、あの頃に戻りたい、などと儚い夢を抱き続けるほど 軟弱に育った覚えはなかった。
僕の想い・僕の考え、そういったものを全て一騎に
付け足すように 再びまとめて伝えてみる。
すると一騎は 一回俯いたかと思えば、
次の瞬間には 最高に優しい笑顔を僕へと向けて、微笑んでくれたのだった。
僕は それだけで 充分幸せだと思えた。
僕らは、成長していく中で本当の愛を知れば 知るほどに
その愛の大きさを知り、重みを知る。
・・時に人は 本当の愛を知ったとき、向き合いきれずに逃げてしまう事がある。
そうして愛は、些細な事で崩れてしまう・・壊れてしまう・・・消えてしまうのだ。
けれど 忘れないで欲しい。
その愛する気持ちを。その愛した過程を。
人は、目まぐるしく変わる季節の中に
育んだ愛を取り残していってしまう事があるけれど、
何よりも大切なのは、そこに愛が在るという事。
相手と愛し合った瞬間があったという事。
一騎、お前は 愛を知ったとき
相手がそこに居る事を忘れそうになってはいなかったか?
もし、解からないのなら 何度でも教えるよ。
二人で一緒に考えて行けばいい。
手探りだけど、上手な相手の愛し方を 見つけていけばいい。
そうして僕ら、育てていこう。
僕らの愛を。僕らだけの愛を。
君がいれば、大丈夫。
・・きっと、大丈夫だ。
そこに君がいるから
いてくれるから・・
僕の心はいつも、幸せで満たされているのだろう。
なぁ、一騎。
きっと大丈夫だよ、僕ら。
「おはよう一騎。」
だって、僕らの愛は いつだって
「おはよう、・・総士!」
すぐ傍に在るのだから。
「ーーー・・朝一番に」
こんな風に
「お前に会えて嬉しいよ」
ありふれた、日常の中にーーーー。
NOVELに戻る 〜前編〜
ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございます!!
そして9999hitを踏んで下さった、しものさん!どうもありがとうございましたvv
このお話は、乙姫ちゃんがまだ 表沙汰になってない頃・・とでも思って頂ければ幸いです(汗)
設定を多少無視していること、お詫びいたします。オリジナル・・いや、パラレルとして
読んで頂いた方が楽かもしれませんね!!
今回の総士は いつもよりしっかりした、(笑)カッコイイ系で書いたつもりなんですが・・いかがでしょう?
一騎はというと、ファフナーの最初の方で見られる、悲観的・自己否定的・自虐的さのようなモノ
が漂っている一騎を少し目指しています。え、何故かって・・?それはとりあえず・・その、
はっきりした総士と対照的にしたかったのと、総士に結局のところ頼っている一騎を表現したかったからです。
さて、最後の台詞。”朝一番にお前に会えて嬉しいよ”というこの台詞は
総士にも、一騎にも 聴こえるような台詞回しにしてみました。
読んで下さった あなた様は、どっちの台詞だと思いますか?私はですね〜・・・秘密にしておきます(笑)
それではこの辺で!失礼しました!!しものさん、本当にありがとうございました〜vvではでは。
青井聖梨 2006.1.6.