その瞳が淋しそうに ただ見えたから
上手な君の愛し方〜前編〜
「今日の訓練は、比較的順調だったな。・・おかげで短時間で
済ませることが出来た。」
海岸線を二人、潮風に髪を奪われながら、静かに歩いていた。
今日はアルヴィスの訓練が予定よりスムーズに行なわれたおかげで、
パイロット達及び関係者は早い時間に訓練を切り上げる事ができたのだった。
総士は アルヴィス内に住んでいる。しかしながら、帰路に着く一騎を途中まで送ろうと
こうして今 一騎の横に並んで一緒に海岸沿いを歩いているのだった。
・・少しでも、二人きりで過ごせる時間を大切にしたい。
総士ならではの考え方であり、真摯な姿勢であった。
やっとつい先日、想いが通じ合った者同士、望む事はひとつだけ。
”一緒に居たい。”・・ただそれだけだった。
一騎は、そんな総士の姿と心持ちに 何処か気恥ずかしいような、くすぐったいような
不思議な甘さを心底感じながら、今までに無かった幸せを密かに噛み締めていたのだった。
夏の陽射しが辺りを照らし、アスファルトを焦がしていく。
肌に感じる潮風は、どこか乱暴で 蒼穹に舞い上がる髪を溶かしていく。
視線をすぐ横にずらせば、愛しい人の温かな瞳。まるで幸せが、隣に佇んでいるようだった。
付き合い始めて一週間。
互いをただ、ひたすら想い 慈しむ日々。
どれほど幸せな時だっただろう。どれほど満たされた時間だっただろう。
まるで世界が色鮮やかに、変革を遂げたような気分だった。
一騎は、自分の歩調に合わせて ゆっくりと歩いてくれる総士に
時折胸をときめかせながら、ちらり ちらりと、覗き見しつつ、
総士の様子を窺うのだった。
すると、不意に ーー波打ち際から大きな声が 自分達に向かって掛かってきた。
「すみませ〜〜ん!!その帽子、取って戴けますか〜〜?!」
若い女性の声が遠くから聴こえる。
海岸伝いを歩いていた総士と一騎は、声がする浜辺の方へと視線を向ければ、
風に攫われて 小麦色の麦わら帽子が こちらへと丁度良く飛んでくるではないか。
総士は、軽く地面を蹴って、ジャンプしてみると 見事に飛ばされた麦わら帽子の端を掴んだ。
手に馴染むような感覚に、一瞬心地よさを感じながら、地面に着地すると
総士は駆け寄ってきた幼い子供に手渡した。
「ほら・・・」
少し背を屈ませて、駆け寄ってきた男の子と視線を合わせる。
すると、男の子は 嬉しそうに はにかみながら、一言いった。
「お兄ちゃん、どうもありがと!!」
そうして、ぎゅっと麦わら帽子を手に掴むと また遠くへと掛けて行った。
波打ち際で待機している若い女性の方へとーー。
おそらく、母親なのだろう。総士が立ち上がって 男の子の背を最後まで見届けていると、
遠くにいる若い女性が 深々と総士に向かってお辞儀をして見せた。
それを確認した総士は ふっ、と思わず笑みを零しながら
いつまでも その二人の親子らしき二人を立ち止まりながら見つめていたのだった。
「・・総士?どうしたんだ・・・?」
不思議に思い、一騎がそっと訊ねてみる。
そうすると、総士は 視線を浜辺の方へと向けながら
一騎の問いに 柔らかく答えた。
「いや・・ただ、ーーいいものだなと、思って・・」
「・・えっ?」
「−−−・・僕にはあまり、・・・家族との想い出がないからな・・」
「・・・・・・・・・」
「少しだけ、・・・・あそこに居る二人が 眩しく見えただけだ」
「・・・・・あ、・・・・−−−−−」
なにか
・・何か云おうと思った。
小さく笑う総士に
・・・何か、云おうと。
なのに、ーーーー何も云えなかった。
でかけた言葉が、宙に零れた途端 泡のように消えて
紡ごうとした想いが 空気に紛れて溶けた。
おれは、総士に何を言おうとしたのだろう。
何を言ってやれるのだろう。
総士からもらった優しさの分だけ 総士に与える事が出来ない。
総士に返してやることが出来ない。
−−そんな もどかしさに胸を焼かれながら おれは
遠くで笑い合う二人を、眩しいくらいに懐かしい笑顔で
いつまでも見守っている総士に
かける言葉を見つけられず、
ただ傍で佇んでいることしかできなかった。
俺に出来る事は、・・それだけだったんだ。
+++
何かしてやりたいのに
何も出来ないなんて・・・
そんなのってないよ。
「・・総士、疲れてないか?」
「・・そうか?そんな事無いさ。」
アルヴィスの廊下で偶然会った総士は、どこか身体を引き摺るような
感覚で 歩いているように見えた。
俺の思い違いだったら、それでいい。だけど、本当に疲れているから
そう見えるのだとしたら・・放っておけないと思った。
「ちゃんと睡眠取ってるのか・・総士?」
俺がそう訊くと、愛想笑いに近い感じで 乾いた笑いを小さく廊下に響かせながら
総士は軽く右手を顔面の手前まであげると
「平気だから、あまり見ないでくれ。・・気恥ずかしいだろ?」
と照れながら顔を隠した。
何処までが本当で、何処までが嘘なのか。
付き合い始めて少ししか経ってない俺には 見極めが難しい。
昔からの幼馴染だといっても、少しの間、 近くに居たのに離れていた俺たち。
まだお互いの心に多少の距離と壁を感じ合っていた。
空白の時を埋めることは、容易いようで難しい。
俺は、どこまで総士の恋人として 総士の心に踏み込んでいいものか
持て余していた。
いや、・・・総士の全てを知る事が 少し怖かったのかもしれない。
だって
総士の全てを知って、・・俺が支えきれない程の大きな闇が
総士にあったとしたら?
俺は総士に何をしてやれるのだろう・・
何を与えてやれるのだろう?
好きな人の為に何かしてやりたいと思うのは
当然のことで
見えない何かに苦しんでいるのなら
尚更で・・
もし、俺に見えない闇を支えるほどの器がなかったとしたら・・。
そう思うと・・・怖くて、 今より先には 動けなくて。
どうすればいいのだろう・・
俺はお前の為に、どうあるべきなのだろう、と
いつも考えている。
「・・・一騎?」
瞬間、名前を呼ばれて 思考回路を急停止させた。
いつの間にか 会話をやめて、思考を悶々と巡らせていた自分に
総士の呼び声で ・・途端に気づいた。
現実世界に引き戻された感覚に近かった。
「あ・・・、なに・・・?」
少し戸惑いが顔に出てしまったが、極力何もない風を
装うことで 平常心を保とうと試みた。
そんな俺に、微かに眉をひそめながらも、総士は
何も訊かずに、話を進めてくれた。
・・こういう小さな総士の優しさが、今は少しだけ 痛かった。
「すまない、これから ちょっとした私用があるんだ。
だから、今日は いつものように途中までお前を送れない・・。本当にすまない・・」
申し訳なさそうに声を低めて謝る総士に、俺は”大丈夫だから”と伝えると、
微笑みながら手を振って、総士の遠ざかる背を見送った。
けれど珍しい。
総士が私用だなんて。
滅多にないことなのにーーー。
俺は角の廊下を左に曲がった総士を最後まで見届けながら
そんなことを考えていた。
・・・・あ!
もしかして、・・沢山ある仕事を、黙って一人でこなそうとしてるんじゃ・・?
総士は無理する事が多い。
何でも一人でやろうとする。
そういう所は 唯一変わっていない、昔からの総士の悪いところだ。
俺は、見えなくなった総士の背を追うように
すぐさま廊下を駆け出した。
少しでも役に立てることがあるのなら、力になりたい。
その想いが、今の俺を突き動かしていた。
たったそれだけだったんだ。
---------タッタッタッ・・・
廊下に木霊する軽快な足音が
今の俺には 少し耳障りな気がした。
心のどこかで 焦っている自分が、煩わしくて仕方ない。
もっと落ち着いて物事を判断しなくては。
見えない何かに苛立っても、意味なんてないのに・・。
わかっているけれど、どうしようもなくてーーーー。
総士の後を追いながら、俺は 自分の中の憤りと必死に格闘していた。
そのときだーーーーー。
瞳の端に、総士の長い琥珀色の髪を捉えた。
すかさず、壁に姿を隠して 総士の様子を窺って見る。
総士は、何やら地下につづく階段を 人知れず下り始めた様だ。
俺は 総士が階段を下りきって、総士の足音すら聴こえなくなるまで壁に隠れていた。
そうして音が聴こえなくなったとき、初めて自分もその階段を下りるのだった。
でも・・・その地下へと続く階段には
どこか見覚えが、あった。
記憶の奥底に、残像として残る その映像。
”あっ・・・”
思い出した瞬間にはもう、階段を下りきって
大きな扉の前に佇んでいた状態だった。
”そうだ・・・・おれ、ここ知ってる・・・。”
気づいたときにはもう、引き返せない場所まで来ていた。
目の前にある、大きな扉がすでに開いている。
”この向こうに、きっと・・・総士がーーーー。”
一歩、たった一歩なのに。
・・そこに足を踏み入れるのが怖かった。
見えない総士の闇に足を踏み入れている気がしたから。
・・この扉の向こうに、総士の全てが隠されている気がしたから。
でも。立ち止まってはいけない。
そう思った。
総士と恋人同士になった そのときから
俺は総士を受け入れる。
総士のためなら何だって出来る。
そう、心に誓いを立てたのだからーーー。
静かに、出来るだけ音を立てずに 扉の向こうへと
足をそっと踏み入れた。
赤い光が遠くから漏れ出して、俺の周囲にまで
その赤を煌びやかに輝かせている。
大きな水槽のようなモノに浮かぶ小柄な少女がひとり。
そこには佇んでいた。
沢山のコードに身体を絡ませて、赤い液体に浮かぶその姿。
確か先生達が此処をワルキューレの岩戸だと名称していた。
その事実は微かだけれど、正確に覚えている。
そして、おれは液体に浮かぶ少女の姿を目の端に捉えたのと同時に、
一人の少年の姿も また瞳の中へと拘束するのだった。
総、士・・・
少女の正面近くで ただ ぼんやりと佇む総士。
少し頭をあげて、見上げるように、 瞳を閉じて浮かぶ少女を
一心に見つめていた。
その瞳はどこまでも純粋で、透き通っていて・・・
そして
・・・淋しそうだった。
不意に、小さな声が 辺りに響く。
「乙姫・・・暫くの間、会いに来てやれなくて すまなかった・・」
ポツリ、ポツリ、と小雨のように零れ落ちるその 声色が切なくて
胸が、潰れそうになる。
「元気だったか・・・?」
切ないのに、どこか優しい響きが 微かに空中で交じっては、消えた。
「島は今、安定している。・・・お前とパイロット達のおかげだな。
ーーーいつもありがとう、乙姫・・・」
優しい笑顔、だと思いたかった。
そう、思えたら・・よかったのに。
どうしてそんなに・・・・・
傷ついた笑顔をしてるんだ・・?
総士・・・
お前をそんなに苦しめているのは何なんだ?
今、この場所には 見えないけれど、
総士の闇が、広がっている。
そう思いながら俺は、いつの間にか
泣きそうになっていたーーーーーーーーー。
総士から見えない位置の 物影に隠れて俺は
一体何をしているのだろう。
傷ついた笑顔を見せながら、少女を見上げる総士に
俺は何が出来るだろう?
何かしてやりたいのに
何も出来ないなんて・・・
そんなのってないよ。
情けなくて・・・
涙が出るよ。
総士、
・・総士
おれ・・・・・・今、勘違いしてる。
その瞳が淋しそうに ただ見えたから
お前が泣いてるように
・・俺には見えたよ。
NOVELに戻る 〜後編〜
こんにちは!!青井聖梨です。
☆★霜月瑠璃様、(しものさん)9999hitおめでとうございます!!!
そしてリクエストありがとうございます〜vv
切ない系と云うことで、「よっしゃ〜〜!!」と粋がって書いていましたところ、
なんだか しっとりした切ない系になってしまいました(笑)
リクエストに含まれる、狼狽した総士は後半で少し入れておきましたよ♪
でも、そんなに狼狽しておりません(汗)
実は、次に書こうと思っていた裏のネタで明らかに総士が狼狽しまくりなのです(爆)
なので多少自粛させていただきました。狼狽総士は、そちらでご覧いただけると幸いです(HAHAHA・・)
それでは、後編に続きます〜。御話の内容語りは次で書きますので!!ではでは。
青井聖梨 2006.1.6.