君を想えば




 また、胸は痛くなった。









愛よりも深く〜前編〜












「あ・・・っ、あの・・、総士っ------!!」



アルヴィスの廊下を歩いてたときの事だ。
不意に少し上擦った声色で僕はその人物に呼び止められた。
彼は僕の前まで駆け足で近寄ってくると、強張った身体と緊張した面持ちで
正面から僕を見据えていった。


「今度の休み、予定とか・・入ってるか?」


そう言って、額に少し汗を滲ませながら真摯な瞳で僕を見上げてくる彼、
真壁一騎は最近やっと付き合い始めた可愛い僕の恋人だ。


「今度の休み・・?いや、予定はないが・・僕の今度の休みは1ヶ月先だぞ?」


皆が休日と呼んでいる日はある。だが僕にとっては、休日ではない。
皆が休んでいる日、大抵仕事に追われている。資料整理・データ処理・システム確認・・
やる事はいつも山のようにある。実をいえば休日を返上しているのだ。
だから本当の意味での僕の休日、云うなれば 何もないゆっくりと過ごせる時間は
1ヶ月先なのであった。

僕は少し困ったように 一騎に告げた。僕の休みは1ヶ月先だと。
すると一騎は勢いよく僕の答えに応えた。


「い、いいんだ!・・それでも、いいからっ・・・」


一騎は頬を桃色に上気させながら胸の前に手を置いて
速くなる鼓動を整えるかのように、ゆっくりと呼吸をした。
そして、微かに震えた指先を隠すように一騎は胸に置いた手を握り締める。
僕はそんな一騎が意地らしくて、心底可愛らしいと思った。
緊張しているせいか、少し俯いて暫く言葉を詰まらせる一騎。
僕はそんな静寂の中、言葉を紡ぐ。


「・・どうしたんだ?何処か、行きたいところでもあるのか?」


僕は薄っすらと微笑みながら 出来るだけ優しい声色で聞き返す。
すると一騎は、俯いた顔を上げて 大きな栗色の瞳を揺らしながら
言葉を零した。


「高台の裏に、ゆっくり出来る憩いの場が出来たんだ。
静かで・・ゆっくり出来る場所、なんだ。
そ、の・・よかったら、今度そこに一緒に行かないか・・?」


一騎はそういって、僕から視線をずらすと、また静かに俯いた。
僕はコレはもしかしてデートの誘いなのでは、と思う。

僕たちが付き合い始めたのは、本当につい最近だ。
しかし、付き合うといっても日々 何ら変化はない。
学校へ行き、訓練をして 自分に与えられた仕事をこなす。
毎日はそのような何も変哲もないものだった。
一騎も同じようなものだ。学校へ行き、訓練をして、身体を休めて・・。
僕らは付き合うといっても、デートは愚か、キスも交わる事も
普段二人で会うという事すらしていない。
大体はファフナー関連、学校の授業といった恋人としてではなく
普通の親友や仲間としての時間で会うことが殆どだ。

一騎がこんな風に恋人として僕に会おうとしてくれることは
僕にとっては夢のように嬉しい事だ。
・・というか本来僕が誘うべきことなのに、余計な気を使わせてしまった気もする。
僕は申し訳なく思いながらも、やはり嬉しくて 即座に返事を返すのだった。


「あぁ、わかった。一緒に行こう。」


恋人として初めて、ゆっくりとした時間を二人で過ごせる。
僕にとってはその事実が何よりも幸せだった。
思わず顔がほころんで、瞳が細まる。

僕の返事と笑顔に、一騎は一瞬瞳を見開いて驚いたようだった。
だが、すぐに一騎もはにかんだように綺麗に微笑む。


「・・ありがとう、総士。」


一騎は僕にお礼を言うと、恥じらいながらも
縋りつくように抱きついてきた。


僕たちが恋人になって、初めての抱擁だった。



+++


カタカタカタ・・



無機質な部屋に電子音とキーボードを打つ音が響く。
青光りする画面に並んだ数字を、目が凄い速さで追っていく。
時刻は午前5時27分。徹夜で多大なデータを処理している皆城総士は、
やっとの想いで 仕事を終わらせた。


「・・ふぅ・・・。終わったか。」


盛大なため息を吐きながら、身体が自然とベッドに向かっているのがわかった。
すると近くにあった、電話線に足元を掬われて倒れるようにベッドに身を沈めた。
電話線を見ると、無残にも根元から引っこ抜かれていた。
その光景を横目に、総士は苦笑する。

一騎との約束の日が近づくにつれ、邪魔をするかのように
CDCから電話が掛かってきて、仕事の追加を頼まれる事が頻繁に続いていた。
戦闘指揮官という立場もあり、仕事は断る事が出来ない。
だから、せめてもの抵抗として電話線を抜いて、これ以上仕事を増やさないように
総士なりに阻止していたのだった。


「まだ5時半くらいか・・。用意するには早過ぎるな。」


今日は1ヶ月前から一騎と約束していた
待ちに待ったデートの日。
心を躍らせながらも、昨夜からずっと徹夜して仕事を急いで終わらせた。
今日という日のために、自分は苦しく辛い事でも全て残さず終わらせてきたのだ。
 
待ち合わせは昼の1時に高台で。一騎は真壁家の家事を全て終わらせてから
来るといっていた。きっと早朝から、掃除や洗濯、司令の朝食・昼食を作ってから
くるのだろうな、と思った。
妙に所帯じみた総士の恋人は、しっかり者であり、真面目で優しい
島のお嫁さんにしたい人候補間違いなしである。

そんなことを考えながら、体が相当疲れているせいか、脳が睡眠を要求してくる。
総士は、約束の時間まで軽い仮眠を取ろうと、静かに意識を手放していった。


夢でも一騎に会える気がして、薄れ行く意識の中で
小さく笑顔を零したのだった。



+++




カーッ、カーッ・・





「・・・・・・んっ?」


遠くで烏が鳴く声が聴こえた気がした。
総士は、まだ虚ろな意識を少しずつ覚醒させていく。


身体をゆっくりと起こし、辺りを見回した。
すると、部屋のドアからほんのりと光が射しているのがわかる。
が、途端に総士は驚愕する。

射し込んでいた光が、真っ赤・・なのだ。
背中に冷ややかな汗が一筋流れるのがわかった。


バッーー!!


即座にベッドから立ち上がり、時計に目を瞠る。
すると、時計の針が指し示していた時間は・・・・



「なんだ、5時32分か・・・」


先ほど寝たのが27分ごろだった。
というと、5分間程度しか進んでいない。
・・・それにしては少し不可解な事が頭を過ぎった。

時計は順調に針を進め、壊れていないことがはっきりとわかる。
しかし、5分間しか寝てないわりには身体の疲れがだいぶ取れていた。
いかにもオカシイ。・・矛盾だらけだ。
―――時計は合っている。だが、身体の疲れは取れている。
そして部屋のドアから赤い光が射し込んでいる。外では・・烏が鳴いている。
よって導き出される答えは・・・?



「・・・・・・」



総士は、ふと過ぎった最悪の事態に顔を硬直させた。
そして緊張して震える足をゆっくりと動かし、ドア付近に立って、ドアを開けた。
すると其処には、廊下の窓から見える美しい夕焼けと その夕焼けの赤に染まった
長い廊下が続いていた。




「・・・・夕方の・・・・・、5時32分・・・・。」





皆城総士、睡眠時間 約12時間。
半日眠っていたのだった。



+++









「はぁはぁっ・・・」


凄い勢いで坂道を駆け上る少年がひとり。


愛しい人との待ちに待った初デートの日、前日からの徹夜で
当日の早朝仕事を終わらせた。身体が疲れきっていたせいで、眠気に襲われる。
待ち合わせ時間まで、軽い仮眠を取ろうとした彼だったが
目覚ましを掛けるのを忘れて仮眠を取ってしまう。

そのせいで時間でいうと12時間、
・・半日という長い時間眠り続けてしまい、今に至る。


一騎と待ち合わせしたのが午後1時。
つまり待ち合わせ時間を約4時間30分以上もオーバーしていた。

事態は目に見えて、最悪だった。



通常なら、まだ待ち合わせ場所で待っているなんてありえない。
大抵の人は怒って帰るのが当然であり、常識的だ。
そう、・・通常ならば。
大抵の人ならば、当然なのだ。

当然・・なのだけれど―――・・。



高台のふもと、夕焼けを背景に赤く染まる周囲に紛れて
細い影がひっそりと揺れる。




「・・・・・・・・一騎。」



君が、居た。




肩で息をきらした少年は、呼吸を整えて
その佇んでいるもう一人の少年へと呼びかける。



「!!・・・・・総士!!」



僕を待っていてくれた。
こんな時間まで、・・・・ずっと。



総士の姿を瞳の端に捉えると、
嬉しそうに微笑んで 一騎は駆け寄ってきた。
その声色には 優しさと、安堵が混ざっていたのだった。




通常ならば、大抵の人ならば、怒って帰る。
なのに君は、怒る事すら忘れたように微笑んで、言った。


「良かった・・・総士、来てくれた。」



なんで。
・・なんで、笑うんだ。



「・・・・・すまない一騎。本当に、すまない・・・・・」


なんで・・。


深々と頭を下げて、謝る総士。
一騎は総士の身体にそっと触れると言葉を紡いだ。


「いいから、総士。俺は大丈夫だよ、気にしないで。」


そう言って、総士の頭を上げさせて また小さく微笑んだ。
総士はそんな一騎を正面から見ると顔を歪めてこう言った。


「・・・怒らないんだな。」


「え?」


きょとん、とした顔で一騎は驚く。


「怒るだろ、・・・普通。」


10分や20分くらいなら、精一杯謝れば許されるかもしれない。
しかし、初デートでいくらなんでも4時間以上の遅刻なんて有り得ない。
到底許されるはずもない。非常識にもほどがある。
どんな理由にせよ、あってはならない。というか、こんなことをする人すら居る筈もない。
常に節度を重んじる総士は、自分の失態に吐き気と嫌悪感が募る。
だから、それなりの罰や暴言は覚悟していた。・・だがひとつ忘れていた。

自分の恋人は、他人を傷つけることはしない、と。


「そうだな・・きっとみんな、怒るんだろうな・・こういう時。」


何処か人事のように、一騎は笑いながら呟いた。
総士の胸はその笑顔に締め付けられたかのように、痛んだ。


「・・・なんでお前は怒らない。なんで・・笑うんだ?」


先ほどから聞けずにいた事実を、勇気を出して尋ねてみる。
すると一騎は大きな栗色の瞳を儚く揺らし、淡く微笑んでいった。


「だって総士は、こうして俺のために来てくれただろ?
・・俺、それだけでいいんだ。」


「えっ・・・」


「総士と会えただけで、幸せだから・・」



栗色の瞳がゆっくりと揺れる。薄っすらと頬を赤く染める一騎。
その頬の赤さは 夕焼けのせいなのか、一騎が放つ赤さなのか
もうわからなかった。一騎は夕焼けに、同化されたようだった。

一騎は許していた。自分の犯した失態を。
・・あの日、1ヶ月前の事を思い出す。
緊張した面持ちで、精一杯の勇気を振り絞って総士を誘ってくれた一騎。
忙しい仕事で心身ともに疲れきっていた総士の気分転換になればと
この場所を選んでくれたに違いない。
そうじゃなければ、こんなに静かで 心休まる場所を選んだりしない。
恋人同士なら きっと遊びたいだろうし、華やかなところを選ぶはずだ。
なのに一騎は・・・。――いつも自分を優先的に考えてくれる。
・・本当は普通のデートをしたかったはずなのに。




いや、デートだけじゃない。
一騎は恋人になっても我侭ひとつ口にはしなかった。
会いたい、一緒に居たい、触れたい。
恋人同士なら当然想うことすら求めてこない。
それもそうだ。
僕は何一つ 一騎に与えてやれなかった。
仕事のために時間を費やし、一緒に居られる時間も作らずに。

一騎の瞳はいつも淋しそうだった。

わかっていた、そんなこと。
わかっていたのに・・。
何一つ与えられない自分が こんなにも歯がゆい者だとは
思わなかった。


なのに君はいつでも僕に与えてくれる。
僕のために、この場所を選んでくれた君を思い出す。
僕のために、指先を微かに震わせながら誘ってくれた君を思い出す。



君を想えば

また胸は、痛くなった。







「・・・一騎」



「ん?」





「・・・・・キス、してもいいか?」
















「・・・・・うん」







僕たちは、夕焼けに照らされて、
静かに二つの影を重ねた。




狂おしいほどに愛しい
君の熱を、唇に感じながら。








  NOVELに戻る  〜後編〜


こんにちは、青井聖梨です。いかがでしたか?
ほんのり切なく、ほんのり甘くをテーマにこのお話は書いています。
そして後編は性的描写ありのR18・・です(汗)
と言いますのも、これはキリ番用のお話ですので。
後編のテーマは甘々・・です。優しい総士と可愛い一騎を目指します。
そして後編では、総士が砂吐くような甘い台詞しか言わないです(笑)
恥ずかしい・・でもキリ番ですからM様のために書きますよ、恥ずかしくても!!
皆さんも一緒に楽しんでいただければ幸いです。

青井聖梨 2005.7.8.