「おかえりなさい」





ずっと、夢見ていた・・・












浅き夢見し。 〜一緒〜




















「違う!!何度言ったらわかるんだーーーー!!」


張り詰めた緊張感で肌に触れる空気が痛い。
格納庫は空間が広いために、余計に僕の声が響き渡る。

目の前には剣司と衛。
俯いて、僕の言葉を静かに聴いている。
二人とも、掌を強く握り締めていた。
余程悔しいのだろう。だが、僕は容赦はしない。


「お前たち、いい加減にしろ!!これ以上、フォーメーションを崩すな!!
咲良は前方斜めに配置している。お前らが咲良より前に出てはフォーメーションが
機能しないだろう!!何のためにお前たちを後衛につけていると思っているんだ!?」


空気が震えるというのはこういうことだろうか。
自分で発している声に反応して、周囲の大気がピリピリと振動をみせる。
自分が大声で怒鳴っているのが、よくわかる。


剣司は、我慢の限界が来たのか、もの凄い勢いで僕に
喰ってかかってきた。


「でもよぉっーー!!あのとき俺らが前に出なかったら、咲良は敵に同化されてたかも
知んないんだぞっ・・!!あそこで俺らが前に出るのは当たり前だろっ!!?」


血相を変えて僕に反抗してきた剣司だが、僕にとってはただの雑音にしか
聞こえなかった。


「自惚れるなよ、剣司。お前が前に出てきた所で、何の役にも立たなかったじゃないか。
結局 咲良を同化しようとしたスフィンクス型を倒したのは一騎だった。」


僕の沈んだ低い声が剣司を威嚇した。
すると、絶対零度まで周囲の空気が下がったかのような 顔つきで僕を見つめてくる剣司。
明らかに怯えていた。・・殆ど虫の息に近かった。


「自分が一騎に知らせたとでも思いたいのか?だったら とんだ茶番だぞ。
気付いていたのはお前と衛だけじゃない。咲良自身、あのときフェストゥムの存在に気付いていた。」


僕は凍りつくような細い瞳で相手を一瞥した。
殆ど無意識ではあるが、相手の怯える顔つきを見ればわかる。
自分がどんな表情になっているのかなんて。


「咲良・・・ほんと、か?」


剣司が弱弱しく咲良に問いかける。
咲良は、何だかやりきれない、というような表情をしながら。
”そうよ・・”と短く一言呟いた。

剣司の顔が真っ青になる。
隣に並ぶ衛が、今度は僕に少し抵抗を見せ始めた。
まぁ、抵抗といっても殆ど剣司のフォローなのだが。


「け、剣司は仲間を助けようとしたんだ!僕だって同じさ!!
仲間を助け合う事は、何よりも大切な事だろ?!」


「それは僕が決めることだ。自分勝手な判断でフォーメーションを崩すな。」


「なっ・・・!なんだよそれ!!それじゃあ僕らは総士に言われなくちゃ
仲間を助けちゃダメって事ーー!!?」


「・・そういうことになる。僕は常に状況を判断し、最善の手段を的確に指示するために
いるんだ。パイロットの危険を回避できる方法を一番熟知しているのは僕だ。余計な事はするな。」


「っーーーーーー!!!」


険悪な雰囲気が辺りを包む。
皆息苦しいのか、肩で息をしているようだった。
しかし僕だけは、何故か心穏やかで・・。いや、冷めている、といった方が近い。
先程まであんなに熱く怒っていたはずなのに、今は驚くほど冷たく静かな心。
自分で自分がわからない。


「皆城君・・もうその辺にしてあげなよ。近藤君も小楯君も
悪気があってやったわけじゃないんだよ・・?ただ、咲良が大切だったから、
何かしたいって 思っただけなんだよ・・?」


少し声色に責めるような含みを持たせながら、しっかりフォローしてくる遠見。
僕は彼女の洞察力には一目置いているが、思考が甘い、と思わずにはいられない。


「遠見。仲間を大切に思っているのはこの二人だけではない。それに、この問題は
悪気の有無を判断する、低レベルな問題ではないんだ。ーー命の危険に関わる事だ。
パイロット候補生の君が口を出す事ではない。・・覚えておけ。」


僕の言葉をきいた瞬間、遠見の顔が見る見るうちに、
悔しさと悲しさに満ちた顔つきになって 瞳から涙が溢れ出ていた。

周囲の人間が、一瞬僕を責めるような顔で見つめてくる。
僕は気に止めずに続けた。


「−−とにかく。これ以上陣形を乱すのであれば、お前たちにはファフナーの搭乗を
許可できない。二人とも、肝に銘じておけ。」


そういい捨てると、僕は踵を返して、その場を後にしようとした。
すると剣司が叫んできた。


「俺たちは、一騎の親父さんに頼まれて乗ってるんだ!!お前にそんなこと
言われる筋合いはねぇよーー!!」


せめてもの反抗というべきか、最後の反抗というべきか。
乱暴に投げつけられた言葉は、僕の肩越しに当たった。
が、痛みなどなかった。


「−−−ファフナーの戦闘指揮官は僕だ。・・真壁司令が責任者として僕を選んだ。
僕のやり方が気に入らないのならーー出て行け。」




最後は吐き捨てるように言ったのを覚えている。

僕は、周囲の刺すような視線を振り払うかのように
颯爽と格納庫を後にした。


決して後ろは振り返らずに。


振り返ったら、また自分が独りであるということを
自覚してしまいそうだったからだ。
そう。


ーーーー僕は独りだ。



+++





ーーーーシュンッ・・・






相変わらず、扉の向こうは暗かった。
日に日に溜まるストレスに押しつぶされそうで、もう心の余裕は、ない。

疲れが溜まりすぎて、ベッドに倒れこむ余力もなかった。


僕は背後で自然としまった扉に寄りかかりながら
その場に座り込んでいた。

最近、意識が虚ろだーーー。たまに偏頭痛を感じる。
真っ暗な闇の中、遠くで蛇口から零れる水音が聞こえてくる。



誰も居ない。

居るわけが無い。


失った家族が、帰ってくる筈も無い。


闇に紛れて、僕は静かに蹲る。

ここはこんなにも静かで、居心地が悪い。
けれど僕が帰る場所は、ここしかない。

この、少し肌寒い無機質な空間しかない。



でも。それでもーーーー。





「・・・・・ただいま」




膝に埋めていた顔を持ち上げ、空中に言葉を零した。
自分でも驚くほどの、か細い声。ーーそれ位しか出なかった。


答える声は、ない。



応える人も、・・・今はいない。




「・・・一体何がしたいんだ・・・僕は」


自嘲気味に笑いながら、僕は
その場を動こうとしなかった。



明るい場所を夢見る、闇の住人の
せめてもの抵抗に、似ている気がした。




長い夜が、始まるーーー。
早く朝になればいいのに。



独りきりの僕には、



此処は退屈で



少し、寒い気がしたーーーーーーーーー。



+++








噂というのは、驚く速さで広がるものだ。



この間のトラブルが瞬く間に周囲へと広がって、
面白いほど周りが僕を避ける。

もちろん、パイロット達もその中に含まれた。
必要なとき以外、僕と一緒に居る事が嫌なのか
僕が行くと、人が退ける。・・僕にとってはその方が好都合でもある。
仕事がスムーズに進む。ーー静かな方が集中力が増すからだ。


今日も僕は食堂に行って、昼食をいつもの場所で取っていた。
広いテーブルには、昼食が入ったトレイと横には仕事の資料。
僕は器用に手を動かしながら、仕事の資料へ目を通した。

すると、いつものように 彼が 僕の向かい側の席に腰を下ろしてきた。




「昼食くらい、ちゃんと取れよ」



少し長めの黒髪に、大きな澄んだ栗色の双眸。
形のいい赤い唇。肌は艶やかで、身体は華奢。

少し高めの心地よい声が頭上から優しく降ってきた。



「・・・・取ってるさ」



僕は困ったように呟いた。


一騎が、少し呆れたようにため息をついて
小さな窓のカーテンを開ける。



「少し暗いんだから、カーテン開けて置けよ・・」


微かに非難めいた声が空気に混ざる。
僕はクスッ、と笑いながら”すまない”と言葉を紡いだ。




一騎と僕は、少し前から一緒に食事を此処で取るようになっていた。
理由は簡単。時間帯が合うからだ。僕の仕事は毎日山済みで
終わった頃には皆と少し昼食を取る時間がずれている。

僕が昼食を取りに此処へやってくる頃にはすでに皆は食事をしている
最中で、僕が入り込む余地などない。
・・今となっては噂が災いして、入るどころか接触もままならない、が。

そういえば、一騎は知っているのだろうか?この前のトラブルの噂を。


あのとき、一騎は居なかった。あそこに居たのは剣司と衛、咲良に遠見、羽佐間だった。
甲洋と一騎はメディカルルームに行っていて、事の次第を知らないはずなのだ。


「一騎・・・僕の噂は、訊いているか?」


「えっ・・?」


唐突過ぎただろうか。一騎が目を丸くして応えた。
僕は構わず続けた。


「剣司や衛を注意した件だ・・。付け足して云えば、−−遠見を泣かした。」


僕は自分で自分の首を絞めているようだった。
余計な言葉が口から滑って出てくる。
よくわからないが、何も知らないのなら知って欲しかったんだ・・一騎に。


「うん・・・知ってる。」


一騎は少し声の調子を下げて、控えめに頷いた。
僕は一騎の表情を窺う。
一騎は、少し悲しそうに瞳を大きく揺らしながら、僕に言った。






「総士は・・・いつも独りで頑張りすぎるから、 ーーーー少し・・心配だよ」






何故だろう。




別に何処も怪我なんてしてないのに・・






見えないところが、確かに痛んだ。











飲みかけたスープが、皿の上に少し零れる。

相変わらず、



スープの味は濃い気がした。









「そんなに独りで・・・・頑張らなくて、いいと思う」










痛いのに、・・優しいと思った。

















一騎が僕にくれた痛みは、






痛いけれど、・・・優しかったんだ。






+++









いつものように、扉を開ける。

扉の向こうには闇が広がっているーーーはず、だった。



でも、違った。






入った瞬間、温かな光が部屋中に広がっていた。



僕は驚愕で瞳を大きく見開く。





「どう、なっているんだ・・?」





テーブルの上には、沢山の料理が並んでいた。

すると不意に、洗面所から出てきた人影が、部屋の前で立ち竦む僕に
明るい声色で呼びかけた。









「おかえり、総士」










「−−−−−−−・・かず、き」








夢、なのだろうか・・・?






この、温かい場所は・・・。







僕が、いつも帰って来ていた場所、なのか?







「総士、夜食まだだろ?作ってきたんだ。一緒に食べよう?」





一騎は微かに微笑みながら、僕を見つめていた。
僕は呆然としていて、その場を動く事ができない。


すると一騎は、”しまった”と申し訳なさそうな表情をして
頭を軽く下げた。



「あ・・、ごめん総士。勝手に部屋に入って。」



一騎は、僕が怒っていると勘違いしたのか、
しゅん、としながら肩を竦めて縮こまってしまった。


僕はそんな一騎を前に、はっと我に還ると慌てて言葉を紡いだ。


「あ、いや・・別に・・構わないが・・・」


途切れ途切れの言葉になってしまった。
動揺している自分がいる。


慣れないことを言われたせいなのだろうか。
それとも、少しの恥ずかしさが そうさせているのであろうか。


僕はぎこちなくなりながら、部屋に入ろうとした。
が、その瞬間何故か自然と 言葉が口から零れた。





「・・・・・・ただいま」




あの時のように、 か細い声だった。
聞き取れない程の、響きだった。


なのに君は








「うん・・ーーーーおかえりなさい」












この瞬間を、僕は















ずっと、夢見ていた・・・

















厭きもせず、何度も。







何度も・・・・











NOVELに戻る   〜君と僕〜


こんにちは〜、青井聖梨です。

さて、いかがでしたでしょうか?
総士の孤独に拍車がかかっている感じがしますが大丈夫!
総士には一騎が居るのですからーーーーー。総一万歳。

他者と触れ合う事は、総士にとってどれほどの勇気がいるか。
皆さんはお考えになった事があるでしょうか?
その辺を次回のお話で書き詰めて行きたいと思っております。

それではこの辺で失礼します!!

青井聖梨  11.4.青井聖梨