一騎
ありがとう
浅き夢見し。~君と僕~
僕の部屋のテーブルには、温かな料理が数々と
綺麗に並べられていた。
部屋中に、いい匂いが漂っている。
一騎は手際よく、小皿に料理をよそうと、”食べてみて”
と僕にその小皿を差し出した。
テーブルの上には、
甘露煮と御漬物、それから鰺のたたきに肉じゃが。
白いご飯。豆腐と茄子の入った御味噌汁。
まだ湯気のたった温かな食事が並んでいた。
小皿に盛ってあるのは、どうやら肉じゃがのようだ。
僕は箸でジャガイモをひと掴みして、口に運んだ。
「どうだ・・?」
一騎が一瞬顔をしかめて、緊張している。
「--・・美味しいよ」
僕は素直にそう零した。
途端、一騎は安心したように顔を綻ばせた。
「よかった・・」
とても嬉しそうだった。
味がとても滲みこんでいて美味しい。
ジャガイモも充分柔らかくて、食べやすい。
僕は久しぶりに食べる、家庭料理を前に
心を落ち着けたのだった。
溜まっていた今日のストレスが嘘のようだ。
久しぶりに、こんなに穏やかな時間を過ごした気さえする。
その夜、一騎が帰ったあと。
僕は不思議と心地よい眠気に襲われた。
今までは、極度な疲労から 身体が睡眠を催促してきて、
強制的に意識を遮断していた。
だが、今日はいつもと違った。
穏やかな眠気が身体や意識を包んでいったのだ。
僕は密かな安らぎを覚えながら、静かに瞳を閉じていった。
部屋の空気は、春風が吹いたように・・暖かかった。
+++
それからというもの、一騎は頻繁に僕の部屋へやって来た。
一騎が何故、そんなことをし始めたのかはわからない。
けれど僕にとって、それは確かに、胸に灯る微かな希望の光だった。
”おかえりなさい”
この温かな響きが、僕を闇から救ってくれる。
僕は、慣れてはいけないと心の何処かで
何度も確かめながら、一騎が待つ自分の部屋に帰った。
そう、慣れてはいけない。
僕はこの現状に慣れてはいけないんだ。
失ったときの怖さを、僕は知っているからーー。
こんな幸せ
そう長くは続かないだろうと思った。
でも一騎は、毎晩のように待っていてくれた。
僕は、正直戸惑った。
このまま、この温かな場所に居てもいいのだろうかと。
今度こそ・・・僕の帰る場所はここだと信じてもいいのだろうかと。
だけど、そんなの儚い夢だった。
僕には温かな光が射す場所なんて・・似合わない。
だって僕の背後には いつだって
闇が待ち構えていたんだからーーーーーーー。
+++
「・・ふぅ、喉が渇いたな」
仕事がひと段落した。
僕は暫し休憩の意味も込めて、部屋の外の自販機で飲料水を買うと、
外の空気を吸いに、アルヴィスを出た。
丁度そのときだった。
アルヴィスの出入り口附近で、会話する声が聞こえたのだ。
会話しているのは一騎と剣司と衛だった。
ーー僕はさっと物陰に隠れる。
一体何の話をしているんだ?
普段、人と関わりを持とうとしない一騎が
やけに熱心に話をしている。
盗み聞きというのはあまり褒めたものではないが、
自然と彼等の前に今出ることを躊躇っていた。
あのときの噂も随分下火になったとはいえ、
まだほんの少しだけ、剣司と衛とはギクシャクしていたのだ。
そんなことを考えていると、剣司が大声で一騎に詰め寄った。
「一騎・・おまえ、ほんとに物好きだな。総士と昼、一緒にとってるんだろ?」
「あ、あぁ・・」
「なんであいつと食べられんだよ、お前。俺たちの一件知ってるだろ?
恐ろしいぞあいつは・・・。マジこえぇ~~。おれなら食べた気がしね~よ。」
引きつった顔を浮かべて、剣司は身震いする自分を両手で押さえつけていた。
僕はそんな剣司をちらっと盗み見た。
まったく・・懲りない奴だ。
もう少し真面目に訓練に望んで欲しい。
そんな悪態を心の中でつきながらも
剣司の良さも自分なりに理解しているつもりだった。
その明るさと、意外性で敵の不意をつければ、もっと有効的に
戦局が傾くのだが。どうにかならないだろうか。
「剣司。・・総士のこと、そんな風に言うなよ。総士は総士なりに
お前たちのこと、守ろうとしてくれてるんだぞ。」
少し不機嫌な様子で一騎は説教気味に、言葉を吐いた。
剣司は不服そうに”わかってるけどよ~・・”と静かに呟く。
「そんなことより剣司。早くいいなよ。」
衛が次の瞬間横槍を入れてきた。
「わかってるって」
剣司は困ったように、情けない声を出す。
「なぁ一騎。一緒に昼食べよーぜ?お前いつも時間ずれて
一緒に昼食べらんねーだろ?・・遠見とか翔子とか、お前が居ないって
いつも煩くてさ・・だから、な?お前が来るまで、待ってるから・・頼むよ。」
両手の掌をパンと合わせて、
合掌に近い仕草を一騎に向けながら、剣司は頭を下げるのだった。
なるほど・・・・、な。
僕は苦笑しながら地面を見つめた。
一騎は、優しい。きっと・・・受け入れるだろう。
昼を一緒に取れないのは、残念ではあるが
仕方の無い事だ。
僕と一騎は立場も違うし、ある意味置かれている状況も違う。
僕と一緒に居る方が不自然だ。
見ている世界が違うのだから。
そんなことを思いながら、僕は俯いた顔を上げて、
一騎の様子を再び窺った。
すると一騎は、はっきりとした声色で呟いた。
「ごめん、・・おれ、総士と食べるよ」
その瞬間、僕の胸がドクン、と大きく脈を打つ。
「なんでだよ~・・」
剣司の非難の声が、壁に響き渡る。
「・・・--やっぱり、独りで食事するのは、・・・寂しいよ」
その言葉を聞いた途端・・・僕の中で何かが弾けた。
僕は・・・一騎にーーーーー
同情されていた、のか・・?
その後の三人の会話なんて、耳に入ってこなかった。
ただ、目の前が真っ暗になっていくことだけは確かで。
見えない手で、この耳を塞いでしまいたかった。
見えない手で、この心に蓋をしてしまいたかった。
僕は、やっぱり
いつだって独りだったんだ。
いつだってーーーーーー。
+++
ーーーーーシュンッ・・・
扉の開く音がする。
部屋は・・・明るかった。
丸いテーブルの上には、沢山の料理が並べられている。
その料理を作った張本人は、僕のベッドの上に
横たわりながら、微かな寝息を零している。
しなやかな黒髪が、ベッドシーツに散りばめられて
花びらのように美しかった。
静かに眠っている幼馴染の近くに、
そっと気配を消しながら近づいた。
透き通るような肌が天井のライトに照らされて、
にわかに輝きを見せる。
林檎のように赤い唇が、規則正しい呼吸を奏でる。
長いまつげは優しく閉じられ、着こなされた制服からは甘い匂いが漂った。
テーブルの上を見ると、スープから湯気が出ていた。
スープの近くに、そっとデザートのプティングが佇んでいる。
「キャラメルの匂いがする・・」
甘い匂いの原因がわかって、密かに心の中で苦笑した。
穏やかなその表情に、自然と自分の顔が綻ぶ。
・・けれど幸せはあっけなく今、終わりを迎えようとしていた。
「---・・・ありがとう、一騎」
同情でも何でも、君がくれた言葉は
僕の中で確かに息づいている。
本当は、直接起きているときにお礼を言うべきなのかもしれない。
けれど、起きているときにいってしまったら・・突き放すのが余計に辛くなる。
だから、寝ているままで言わせて欲しい。
「本当に・・ありがとう」
君はもう、こんな冷たい場所に来てはいけない。
君の居る場所は、ここじゃない。
もっと温かい場所が、君には似合うよ。
闇に取り込まれた僕の傍に居ては、一騎は
悲しい思いをするばかりだ。
僕の為に、君まで孤立する必要はないんだ。
ーー・・かといって、僕は君に何もしてやれない。
住む世界も、立場も、状況も違う君を苦しめるだけだ。
だから、もと居た場所に返す事が、何よりも君のためになる。
僕が お前にしてやれるのは、それくらいなんだ・・一騎。
静かに、寝息を立てる君が穏やかに 僕の傍で眠っている。
もう、こんな幸せな瞬間はきっと来ない。
静寂が包む、この部屋で
僕は静かに想いを込める。
呑み込めない切なさと、
返しきれないぬくもりを唇に込めて、
「許してくれ・・・」
君の唇に優しく
僕の想いを口付けた。
”ありがとう”と言えない代わりに。
NOVELに戻る ~優しさ~
こんにちは~!!青井聖梨です。
ここまで読んでいただきまして、どうもありがとうございましたvv
さて、不思議なもので・・若干自分が考えていた展開と
違ってきています。
思うように、総士が動いてくれない(汗)
本当は、総士は一騎と喧嘩に近い形で一騎を遠ざける予定だったのですが・・
読んで頂いたとおり、闇に居る自分と一緒に居てはいけないという気持ちから
一騎を遠ざけております・・。なんていうか、・・私の書く総士って
一騎大好き人間かも(笑)これこそ総一の醍醐味ですよね!!
青井聖梨 2005.11.5.