お願いだ
君だけは、温かい場所に居てくれ
闇に凍えるのは、
僕独りで充分だ
浅き夢見し。〜優しさ〜
「えっ・・・?」
その大きな瞳が、今にも零れ落ちそうなほど
大きく見開かれていた。
「ーー聴こえなかったのか?・・迷惑だと言ったんだ」
まさか君に、こんな事を云わなければならないなんて
自分でも思わなかった。
未来というのは、何があるか・・わからないものだな。
「もう、僕の部屋に入って待つのは やめてくれ」
「そう、し・・・どうしたんだ、急にーーー」
戸惑いを隠せない様子の君は、傷ついた表情で
必至に僕を見つめ続けた。そんな顔、・・・しないでくれ。
「だから迷惑なんだ。−−鬱陶しいんだよ、・・わかるだろう?」
出来るだけ冷たく、突き放すように心がけた。
中途半端な突き放し方は、返って一騎を苦しめる。
決めたのなら、最後まできちんとやり遂げるべきだ。
それが、亡き父の背中を見て教わった唯一の事だった。
「総士・・おれ、邪魔ならすぐに帰るから。
ーーだから、お前が帰ってくるまで、・・それだけは・・待たせてくれないか?」
一騎は弱々しくも懸命に僕へと
縋るような瞳で想いの丈を紡いだ。
僕はそれを一喝する。
どこまでも、冷たく。
「・・・・・・・・・・・・・・・断る」
僕の冷たい言葉に、一騎の身体が強張った。
だけど君は、それでもーーー・・必至に。
「じゃあ、せめて、食事だけでも、届けさせ・・」
「いい加減にしろ!!!」
掌で、拳を作って強く握り締めた。
一騎が瞬間、僕の怒声に反応して、怯えたような顔をした。
僕は微かに震え始める一騎の痛々しい姿から
瞳を逸らすように、さらに傷つく言葉を吐き捨てた。
「何度も同じことを言わせるな!!迷惑だと言っているだろう!!?」
休憩室中に響き渡った僕の声は
壁に反響しながら、空気を震わせた。
まるで、僕の前で小刻みに震える君のように。
「だ、・・・けど・・・」
震えているけど。
震えているのに。
君は、それでもまだ・・僕に何かを伝えようと
唇を開く。
一騎が、何故そんなにも僕へと
執着しているのか、近づこうとしているのか
今の僕にはわからない。
でもこのままでは、埒が明かない。
本当は言いたくなかった。
だけど、今は・・・言うしかない。
「ーーーーーーお前に同情されるのは、・・御免だ。」
君に背中を向けて、そう乱暴に吐き捨てた。
酷い事を言っている。
わかってるんだ、そんなこと。
だけど・・
お願いだ
君だけはーーーー
君だけは、温かい場所に居てくれ。
背後から、早足で駆けて行く音が聴こえてきた。
休憩室の扉が静かに開いて、閉まる。
君が休憩室から出て行ったことが、・・わかる。
「これでいい。・・・・これでいいんだ」
闇に凍えるのは、
僕独りで充分だ。
ーーーーー僕は、独りで・・いい。
+++
ーーーーシュンッ・・・
部屋の扉が開く。
一騎を昨日、遠ざけた僕は 今日からまた、
出迎えのない独りきりの夜に逆戻りすることになった。
部屋の明かりはついていない。
・・・・はずだった。
予想に反して、天井のライトが煌々と辺りを照らしている。
今日の朝、部屋を出るときライトを消し忘れたのだろうか・・?
僕は少しの動揺を胸に自分の部屋へと一歩足を踏み入れた。
途端、テーブルの上に置かれているものに気づく。
ラップがかかった食事がひとつ・・ふたつと並んでいた。
タッパーには、炊き立てのご飯が入れられている。
僕はラップに手をかけてみるーーすると。
目の前が白い靄に包まれたような錯覚を起こす。
湯気が空中へと一斉に広がりをみせたのだ。
「・・・・・・・」
一騎か。
そう思った。まだ充分温かい食事がそこには並んでいた。
今しがた、僕の部屋に入って置いて行ったのだろうか?
ふと、小さなメモがテーブルの隅に置かれている事に気づく。
僕は目の前に立つ湯気から少し離れると、そのメモを手にとって目を通した。
そこには
<おかえり、総士。食事ここにおいて置きます。>
そう短く書かれていた。
「・・・・・・どこまでお人好しなんだ、おまえは」
僕は苦笑しながらそのメモを強く握り締めた。
手に力が篭ったせいか、身体の力が自然と抜けて、身体が前に俯く。
・・何だか胸が、息苦しかった。
テーブルの上には、沢山の料理。
その中で、コンソメのスープが僕の目を惹いた。
近くに置いてあったスプーンで一掬いして、口に運んでみる。
温かい。
「・・・・ちょうどいい、味だ」
一人でそう呟きながら僕は ・・君を想った。
今日の昼食は、一人でとった。
僕が何時もの時間よりも遅く昼食をとったからだ。
わざと時間をずらした。
君と極力、会わない様にと。
でなければ・・・・揺らいでしまいそうだったから。
明日も・・明後日も・・これからずっと
僕は独りで昼食を取るだろう。
そのうち君は、温かい場所へと帰っていくんだ。
あの、笑いの絶えない、温かな場所へ。
そして僕はそんな君を胸にしまいながら、
これでいいと言い訊かせて
見えない手で、君に手を振るんだ。
”もう、僕の傍に来てはいけないよ”
そう、呟きながらーーーーーーーー。
+++
「それでは、ファフナーの起動調整が済んだものから、
僕に報告して今日の訓練を終えることーー、以上だ。」
バインダーを片手に、僕は皆にそう告げると
ペンを取り出して、バインダーに挟まっているプリントの
チェック事項に丸を付け始める。
すると一列に並んだパイロット達は、僕へと順々に報告してきた。
「マーク・ジーベン異常なし」
「マーク・ヒュンフに異常はないよ」
次々と僕へと報告が続く。
報告を終えたパイロット達は、口々に”つかれた〜”と
声をあげて嘆いていた。
そそくさと皆、帰り支度を始めている。
その中で、一人だけ 報告の声が上がらないパイロットがいた。
僕はそのパイロットにそっと瞳を合わせる。
チェック事項に視線を向けていた僕の視線が
自分に向くことを、どうやら彼は 待っていたようだった。
「・・・一騎、早く報告しろ」
僕は瞳を細めて、一騎に突き放した言い方をわざとした。
一騎は悲しそうな瞳で一瞬、困ったように微笑んだ。
「総士・・・大丈夫か?」
「・・・・・?」
その言葉を聴いて、僕は訝しげな表情に変わる。
一騎に言われた言葉の意味が、よく理解できなかったのだ。
僕は、”気に留める必要はない。”
そう心の中で呟きながら、一騎の報告を待った。
あくまで冷淡な反応を返す僕に、
一騎は軽く肩を竦めると、静かに 沈むような声色で僕へと答えた。
「・・ごめん、なんでもない。−−−マーク・エルフ、異常なし」
そういい終わった途端、一騎はそっと僕の傍を離れていった。
僕は、何故だか 一騎の遠ざかる後姿を懸命に
瞳の中に焼き付けていた。
いつまでも
いつまでも・・・
+++
ーーーーシュンッ・・・
扉を開けた瞬間、また明かりがついていた。
また一騎が来たのか。
そう、思う前に、まだ部屋の中にいる人影を見つける。
丁度その人物と視線が重なったーーー。
「・・・・なにをしている」
僕は呆れたように、その人物へと問いかけた。
「あっ、・・・その・・・」
しどろもどろになりながら、一騎はテーブルの前に立っていた。
どうやら料理とメモを置いていたようだった。
「ーーーー迷惑だと僕は言ったはずだが?」
僕の低い声音に反応を見せた一騎は
一瞬ビクッと身体を震わせた。
瞳をきつく閉じて、下に俯く。
「ご、ごめん・・・・・でも・・」
一騎は申し訳なさそうに誤りながらも、
やっぱり諦めきれないとでも言うかのように
何か言葉をいいかけて、呑み込んだ。
きゅっと、唇を噛み締めて、
瞳を閉じて。何かに耐えるように。
それでも一騎はその場を動こうとしない。
僕は軽いため息をひとつ吐くと、
もう一度一騎をあからさまに突き放した。
「・・・・出て行ってくれ」
お願いだ一騎。
これ以上僕に酷い事を言わせないでくれ。
早く、気づいてくれ。
・・ここは君が来ていい場所じゃない。
君が大切なんだ。
だから、・・・君にはいつでも
明るい場所に居て欲しいんだよ。
「−−−−−・・・・わか、った」
力なく、俯きながら君は言った。
僕は内心ほっ、としつつも激しい胸の痛みに耐えていた。
これ以上、そんな君をみたくない。
君には、いつでも笑っていて欲しい。
”おかえり”と、
もう言ってもらえなくなったっていい。
君が笑って居られる場所に帰ることが出来るのなら、
僕は孤独にだって耐えられる。
だからーーーーーー。
ゆっくりと一騎は、扉の方へと近づいてくる。
僕はスッと扉附近にいた自分の身を引いて
通れるスペースを作ってやる。
すると一騎は、すれ違いざま、僕を見上げて 言った。
「また・・・・・来るよ」
一騎・・・
お前は僕に
何をそんなに伝えようとしているんだ?
そんなにも、・・・傷つきながら。
NOVELに戻る 〜真実〜
こんにちは!!青井聖梨です。
本当はこの回で終わるはずだったのに終わりませんでした・・(とほほ)
次回で必ず終わります。というか終わらせないと・・(汗)
突き離す総士、突き離される一騎を書いているとやはり辛いモノがありますね。
でも人と人の関わりの上では、相手との距離って大事だと思います。
踏み込まれたくない領域は誰にでもあるし、踏み込んではいけない領域もある。
でも、踏み込んで欲しい領域も確かにあって・・。総士との心の距離をどう一騎が埋めていくか
というのを私なりに書いてみたいと考えています。
最も、・・一騎が、ではなく総士が埋めるべき距離なのですがね・・(苦笑)
総士、・・お前こそ早く気付いてくれ。一騎だけが知る、真実に!!・・なんてね。
それではこの辺で〜!!
青井聖梨 2005.11.5.