残していく者と、残されていく者。

どちらがより辛いのだろう










   浅き夢見し。 〜独り〜















「総士、父さんがこの前の戦闘データを見せて欲しいって。」


アルヴィスの廊下で不意に、一騎に呼び止められた。
僕はどうしても今すぐ片付けなければならない用があって、一瞬戸惑う。


「悪い・・、どうしても外せない用があるんだ。」

僕が申し訳なさそうに そういうと、一騎は”わかった、あとでいいよ”と
少し困ったように微笑んだ。
その表情を見て、僕は直感で理解する。
一騎も本当は”急いでくれ”と司令に頼まれているのだ、と。

一騎はいつも素直だ。素直で、純粋で、・・優しい。
常に他者を自分よりも優先的に考えてしまう。

だから自分が損をする。もし、僕以外の誰かが僕と同じ状況に立たされた場合、
今の一騎の言葉をすんなりと受け止めて、”それじゃあ後で”と返すだろう。
そして何も持たず戻っていった一騎は、黙って司令に怒られるだろう。
一騎は、・・そういうやつだ。

僕はこの、人が良い幼馴染に苦笑しつつ、彼が怒られなくて済む方法を
瞬間的に考え付いた。それはもちろん、僕にとっても最善の方法だ。


「ーー・・この前の戦闘データなら、僕の部屋の机の上だ。」


急に話を切り出した僕に驚いたのか、一騎の身体が一瞬ピクッ、と
反応を見せた。大きな栗色が、僕を見上げて不思議そうに揺らめいだ。


「総士?」


「僕の部屋は知っているな?部屋の暗証番号は●◎▽▲ー■□。これで開く。
                    ・・ーーお前が中に入って取ってくるといい。」


僕はそう言って、薄っすらと微笑んで見せた。
一騎は、僕の言葉を聴くと、嬉しそうに瞳を細めて微笑んだ。
そして次の瞬間には、”ありがとう”と呟いて、廊下を駆け出したのだった。


「・・・・急いでたんだな、やっぱり」


遠ざかる一騎の後姿を見つめながら、僕は静寂の中、
ひとことポツリ、と言葉を零した。




このとき教えた部屋の暗証番号を、

君が大切に覚えてくれていたなんて・・考えもしなかったよ。







+++










ーーーーシュンッ・・・




扉を開ければ、そこには闇が広がっていた。
光に照らされた廊下とは対照的な、その空間。
自らその闇へと身を投じた僕は、机の上にある電気スタンドのスイッチを
手探りで探し始める。・・けれどスイッチは一向に見つからない。
光に慣れていた僕の右目は、闇にまだ慣れないせいか、周囲を把握しきれていなかった。
感覚が、いまいち掴めない。

こんなことなら、扉附近にある電気スイッチを押すんだった。
そんなことを今更ながら思う。

まもなく、スイッチを探す事に疲れた僕の身体は、
近くにあったベッドの感覚を掌で確認するや否や、乱暴にベッドへと
身体を放り出して、その身を委ねた。ベッドのスプリングが軋む音が聞こえて来る。
身体がシーツに埋もれて、沈んでいく。


「・・・・疲れたな・・」


此処のところ、フェストゥムの来襲が頻繁になってきている。
そして、敵の数も、今までとは比べ物にならないほど増えてきた。
ーー今日は11体のフェストゥムと交戦した。
おそらく奴等は、消耗戦を企んでの事だろう。
・・どうにか手を打たなければ、こちらの身体がもたない。

アルヴィス内の雰囲気も、最近ピリピリとした緊張感が漂っている。
僕自身、心の余裕が少しずつ失われつつある状況だ。
・・・油断しない事は大切だが、今の状態では精神的にも肉体的にも
負担がかかり、より一層疲れやすくなる。 ーー ストレスは・・溜まるばかりだ。

しかし、不思議なことにパイロット達はそうでもない。
ストレスが溜まっているようには・・あまり見えない。何故なのだろう?
僕でさえ、こんなに張り詰めた精神状態になるというのに・・。


「−−−なにか・・良いストレス解消法でもあるのだろうか・・?
今度、・・・・きいて、・・・・・みる、・・・かーーーー。」


身体が疲労に耐え切れず、自然と眠りに堕ちていく。
薄れる意識の中で、僕は、明日する仕事の手順と、今後の作戦内容を
必至に確認しながらーー瞳を閉じたのだった。



この頃、・・僕はまだ自分が独りであるという事に
疑問など、持ってはいなかったのに。




+++








「はい、三色カレーお待ち!!」


お昼ともなれば、アルヴィスの食堂内は活気に満ちていた。
食堂の調理人の小気味良い声色が、周囲に響き渡る。

丁度12時ジャスト。パイロット達が、食事を取っている姿を
僕は瞳の端に捉えた。

僕は近寄ろうとしたが、その見るからに楽しそうな雰囲気に気が引けて
その場で足を止めてしまった。
今僕があの輪に入って行ったら、・・水を注す事になるのではないか。
そんな気がしたーーー。

すると、剣司の声がやたらと大きく響き渡った。


「はぁ〜〜。最近マジ疲れるよな〜〜!敵、多すぎじゃねぇか?!」


「そうだよねーー。僕もそう思う。・・最近出撃も多くなってきたし・・参っちゃうよ。」


窓際の大きな四角いテーブルに剣司と衛、咲良が囲うように座っている。
その隣のテーブルには、遠見、甲洋、羽佐間が同じく囲うように座っていた。


「情けない声出すんじゃないよ!!男ならもっとしゃきっとしな!!」


咲良の声が二人を一喝した。二人は”すみません”と情けない声を出しながら
肩を竦めた。そんな二人に咲良は不満そうだ。


「ふぅ・・。でもホント、ここんとこ大変だよね?今日も午前中だけで2体来てさ。」


今度は甲洋が話に乗ってくる。疲れている様子ではあるが、
表情はどこか穏やかで、心にまだ余裕が見られる。
ーー僕はやはりまた、不思議な違和感を覚える。・・・何故、そんな表情が出来るのだろう。


「でもみんな、疲れる状況にいるわりには、元気だよね?」


さすが、というべきか。彼女の洞察力は凄い。
遠見が会話の中で自然とそんな事を口走った。


「なんていうのかな・・俺さ、あんま普段役に立ったことねぇからさ、
家に帰ってくると母ちゃんが”おかえり、御疲れ様”って言ってくれるのが
嬉しくてさ。・・・不思議と、疲れがスッととれんだよね、それだけで。」


「僕も!!父さんや母さんが”おかえり”って玄関先で待っててくれると
何か明日も頑張ろうって気になるよ!!」


遠見の言葉に触発されて、皆が一斉にそんな事を言い始めた。
快く迎えてくれる人が居ると、頑張れる。
ストレスなんて・・どこかに飛んでいってしまう。
皆、大切な人の笑顔に、守られている。


何故皆が、今の精神状態を維持できるのか。答えはとても簡単な事だった。
”家に帰ると、待ってくれている人が居るーー。”・・それだけのことだったんだ。


そこには、僕が入り込むことが出来ない世界が広がっていた。
僕の持ち得ないモノが目の前に突きつけられた気がした。
僕と彼等は違う。
そのとき僕ははっきりと理解したーー。



僕は独りだ。




何故かな、とても簡単なことなのに、・・今まで気づかなかった。
まるで自分は彼等と同じ場所に居るとさえ、思っていたなんて。


ーーー・・・恥ずかしい。


僕は、昼食が入ったトレイを力なく握り締めると、
彼等が見えなくなるくらい遠い位置に腰掛けた。
壁際の一番光が当たらない場所。近くに小さな窓があるが、
カーテンに閉ざされていて光が遮断されていた。
僕は黙々とトレイに入っている昼食を口に運ぶ。
薄暗いテーブルの上に広がる食事。皆と食べているものは同じはずなのに、
何故か僕の食べ物には味がついていない気がした。

味覚障害にでもなったのだろうか?−−そんなことを密かに思う。
そして、何故だろう・・急に得体の知れない感情が僕の胸を締め付けた。
締め付けられた胸の中、僕はふと、−−−乙姫に会いに行こう、そう思った。


そのときだった。


ーーーカタン・・


僕の向かい側の席が動く音が聴こえた。
薄暗いテーブルに陰が、落ちる。

僕は俯いていた顔を微かに上げた。



「ここ、いいか・・?」






一騎だった。






「・・・・・・・あぁ。」



僕は少しの動揺をそのとき感じていた。
不思議と、胸の締め付けが治まっていく。


一騎は、静かに僕の前に座ると、僕と同様、
黙々と昼食を口に運んでいた。


何も言わず、ただ食事を取っていたーー。


そんな一騎に僕はふと、疑問を持つ。
気になることがあった。


「一騎・・・お前、皆と食事を取らないのか?」


僕がそういうと、一騎は食事をとる手を休めて、
僕を正面から見つめて言った。


「あぁ・・・・・。おれだけ、いつも食事取る時間ずれるんだ。
だから、おれが昼食とるときには、皆もう終わってるから、今更だろーー?」


一騎はそんなことを言いながら、苦笑して立ち上がった。


「総士。ここ、少し暗くないか?・・カーテン、開けてもいい?」


細い綺麗な指で、近くにあった小さな窓を差しながら、
一騎は僕へと問いかけた。

僕は何も言わずに短く、頷く。
一騎はそれを合図に、勢いよくカーテンを開けた。


ーーーシャッ・・・


今まで薄暗かったテーブルの上に、木漏れ日が射しこんでくる。
眩しいほどの光の反射に、瞳が眩む。


「今日はいい天気だな・・」


一騎が嬉しそうに呟いた。
そして、また、黙って椅子に腰かけて、食事を取り始めた。
僕は一騎が食べる様子を見ながら、声を掛ける。


「・・・何故お前だけ食事の時間がずれるんだ一騎?パイロット達は
同じメニューをこなしているはずだが・・・」


僕は、何か原因があるのだろうかと一騎を軽く問いただした。
すると一騎は薄っすらと微笑みながら僕にいった。


「何故っていわれてもな・・ただ俺の作業が遅いとしか、言えないよ・・」


少し恥ずかしそうに、はにかみながら一騎はまた笑った。
僕は”そうか・・”と一言返した。
あまり責めても仕方のないことだったからだ。
人には得意・不得意がある。それを何故出来る・何故出来ないと問答した所で
大した意味を成さない。それはただの傲慢と優越感に変わるだけだ。
パイロットの個性を潰す事になる。・・僕が口を出す事では、ない。


僕は再び止めていた食事を再開した。
食事が冷めると、せっかく作ってくれた食堂の調理人に悪いからだ。
しばらく黙って食べていると、一騎が一言呟いた。


「このスープ、少し濃いな・・」


一騎は苦々しい顔をしながら、スプーンを置いた。
僕は、一騎の言葉に触発されて、いつの間にか少し手をつけていた
スープにもう一度手をつけた。

コンソメスープだった。
味は・・・確かに濃い。


「・・そうだな。もう少し薄い方がいいかもなーー」


僕は自然と、そう口走っていた。
すると一騎は僕の言葉に嬉しそうに微笑んだ。


僕もつられて、少し・・微笑んだ。



さっきは味がしなかったのに、・・いつの間にか味覚が戻っていた。
不思議だ。





今はこの場所が、あたたかい・・。
光が射し込んだせいなのだろうか。




それとも・・・




一騎、お前がここに居るからなのか?



今の僕には



そんなことさえ、
わからないけれど・・・・。




+++







ーーーーシュンッ・・・




扉を開くと、いつものように
そこには漆黒の闇が広がっている。
僕は静寂の中、扉附近にある電気スイッチを探した。


「あった・・」


確かな感触を感覚的に捕らえた僕は、
スイッチを押して、天井のライトをつけた。
一瞬にして、闇から光へと変化を遂げた部屋は
周囲を明るく魅せた。


僕は黙って、部屋に足を踏み入れると、
いつものようにベッドへと身体を沈めた。


「・・・・・・・・疲れた」


日々、同じ言葉の繰り返し。
同じ行動の繰り返し。
何も変わらない世界。−−誰も居ない世界。
せっかく今しがたつけたライトなのに、急に煩わしくなる。
なんでこんな気持ちになるのか、自分でも分からなかった。

気がつけば、リモコン操作で天井のライトを消していた。

自分には・・光が似合わない。そんな気がして。
昼間の言葉を、瞬間、思い出した。



『家に帰ってくると母ちゃんが”おかえり、御疲れ様”って言ってくれるのが
嬉しくてさ。・・・不思議と、疲れがスッととれんだよね、それだけで。』



家族の迎え。


それが、皆のストレス解消法だった。



だが、知ったところで・・自分にはどうすることも出来ない。




乙姫に会いに行こうと思った。
でも今は、そんな力も、残っていない。


毎日の仕事と学校の両立で精一杯だった。
会いに行く暇もなければ、その気力もない。

自分で会いに行かなければ、妹には会えない。

まして、・・島のコアである妹の姿をこの瞳に映すのは
あまりにも、−−−−−辛い。


昔は気にも留めなかったことなのに、
歳を重ねるにつれ、理解していくその意味。

今の自分が、妹の姿を見るのは・・・逆効果だ。
行き場のないストレスはーーーただ僕を蝕んでいくだけだ。



昔はよかった、なんて思わないけれど
自分にも・・迎えてくれる人が居た時期があった。

あの頃までは、きっと ・・僕は皆と同じ世界にいたんだ。
そう、思いたいーーー。



「・・・父さん。」


真っ暗な闇に紛れて、そっと空中に言葉を落とした。


「−−−残していく者と、残されていく者。・・・・・どちらがより辛いのでしょうね」


自分の声が、部屋中に響き渡る。
けれど、応える声は、ない。


静かに、瞳を伏せる。




「おかえりなさい・・、か。」




もう、自分には無縁の言葉に思えた。





『僕も!!父さんや母さんが”おかえり”って玄関先で待っててくれると
何か明日も頑張ろうって気になるよ!!』







「・・・ただいまを言う相手が居ない場合・・どうすればいいんだ?」




所在なさげに、沈んだ声が響く。
ベッドシーツに顔を埋めて、何もかも忘れてしまいたかった。




すると自然とまた、何処からか眠気が襲ってくる。
身体が休息を欲している合図だった。



段々と明確だった意識が薄れていく。
いつものように、眠る前に明日の仕事の手順と今後の作戦内容を
確認するはずだったーーーーーけれど。







『今日はいい天気だな・・』









耳の奥で、一騎の声が聴こえた。








途切れていく意識。
ぼやけていく視界。
その中で僕は・・・








明日まずすることは
天気の確認からにしよう。







そんなことを思いながら、僕は眠りについたのだった。













残していく者と、残されていく者。

どちらがより辛いのか。







一騎、お前なら何て答える?






きっとお前なら、ーーーこう言うのだろうな。






















『どっちも、辛いよ・・・』





















悲しそうに、・・・・瞳を伏せて。














お前なら、きっとーーーーーーー。



















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こんにちは!青井聖梨です。

今回はパワーアップした切ない系を書こうと意気込んでおります!!
温めていた話ですので、きちんと納得できるように仕上げたいと考えております。
このお話は、二人の心の距離を縮める話となっております。
設定が危ういので申し訳ないのですが、とりあえず皆生きてたり、フェストゥム来襲が
多かったりとオカシイ点は多々見られますが大目に見てやって下さい。

それでは次回も宜しくお願いします!!
青井聖梨 2005.11.4.