雨の中、二人
溶けてゆけたらいいのに


そうすれば僕は君の中に還り、
君は僕と一つになる


そうさ

僕ら一つになれるはず




でも・・


それが無理だというのなら


せめてこの零れ落ちる涙だけは




「総士・・・?泣いて、るの・・・?」









溶けてなくなればいい











儚くて、僕ら。















灯るような幸せでよかった。

父さんが僕にいった言葉は余りにも残酷で。
受け入れられずに、自分の存在を確かなものにしたくて。
縋るように捜し求めた。
自分にとって唯一無二の存在。
消える事のない、この左目の傷が 僕にその存在を与えてくれたんだ。

灯るような幸せを手に入れた。


真壁一騎。
彼は僕の幸せ、そのものだった。



「総士・・」



呼び止められた声に、振り返ると そこには
俯いて、僕と眼を合わせないようにした一騎が立っていた。


僕が久しぶりに学校へ来たことへの安堵感と、この傷への
罪悪感が交じり合ったような表情を浮かべた一騎。

僕が一騎を最初は牽制して突き放した。
そして一騎と暫く疎遠になっていた。
でも、一騎は あの雨の日 僕に言ってくれた。

”側にいたい”と。


僕は自覚してしまった。一騎とはもう、離れられないって。
そう思ったら、僕の中に眠るミールの因子が騒ぎ出した。


そしてあの日、僕は一騎と同化しようとして・・・この左目を失った。
けれどその代償として僕は 一番欲しかったものを 手に入れたんだ。



一騎、お前の事だよ。




「どうした一騎?」


何事もなかったかのように、僕は彼に言葉を紡ぐ。
愛しい一騎。感謝しきれないほど本当はお礼を言いたい気分だ。
僕は確かにここに居る。存在していいんだ。
今ならそう、思える。


あの雨の日のように、溶けてなくなりたいと
涙を流す事はもうないだろう。

一騎、お前が側に居てくれるなら。



「その・・・お、れ・・・」



僕が二週間ほど学校を休んでいた原因を一騎は知っていた。
この左目の傷のせいだと。
きっと一騎は謝ろうとしているのだろう。
けれど僕は事前に一人で遊んでいて転んだと大人たちに言っておいた。
だから一騎が責められることはないし、もう謝る必要も無い。
もとはといえば、あれは僕自身のしでかしたことへの報いなのだから。
一騎が謝る必要なんて、ないんだ。

そう一騎に直接言えたらいいのに、と思いながら やはり
口に出すのは躊躇われた。

言ってしまったら、一騎が離れていくような気がしたからだ。
だから僕は間接的に許しているのだという事を伝えるべく、
大人たちにこの傷の原因を偽ったのだ。

一騎は気づいてくれるだろうか?
そんなことを思いながら、僕は一騎を真正面から見つめると
小さく微笑んでみせた。

一騎は”なんでもない”と言って、僕の後をついてきた。


可愛い僕の一騎。絶対に離さない。失うものか。
たとえ父さんに何を言われても僕はもう、一騎を手離す気なんて
微塵もないんだ。


新しく生きる意味を見出した僕は、僕の後をついてくる一騎の手を
優しく掬い取った。

ビクッ、と肩を震えさせて 全身を強張らせた一騎。
僕は一騎にとって恐れの対象に成りつつあるのだと確信した。
傷つかなかったといえば嘘になる。でもそれは同時に、一騎のなかで
僕という存在が”深く刻まれた証”でもあった。

そう思うと、たとえ罪悪感からくる恐れだとしても嬉しかった。
一騎にとっての僕は 離れたくても離れられない存在ということだ。
僕はその事実に眩暈がするほどの感動を覚える。


一騎の手をとった僕は、強くその手を握り締めると薄っすら微笑んでみせた。
優しい口調で一騎に紡ぐ。


「行こう、一騎。」


すると一騎は、大きな瞳を微かに揺らしながら、


「うん・・。」


と短く答えて、僕の手を握り返してきた。



この瞬間から始まったんだ。



僕らの”依存関係”が―――・・・・。





+++




いっそ出会わなければ良かったなんて、
そんな馬鹿な事 考えたりしないよ。

僕は君が居ない世界なんて どうせ耐えられやしないんだから。





「総士・・一騎くんとよく一緒に居るところを見かけるが、
お前はわかっているだろうな?・・自分の立場を。」


校長室に突然呼ばれてなんだと思えば、そんな事を
父さんは言ってきた。牽制のつもりだろうか。

僕は自分に芽生えた新たな生きる目的を見失わないように、
一騎への気持ちを父さんにはっきりと伝える覚悟を決めたのだった。


「・・・・父さん、僕は父さんが思っているほど強い人間ではありません。」


僕の切り出した答えが気に入らないのか、父さんは少し怪訝な顔
をして、僕を見つめてきた。
そして短い沈黙のあと、父さんは思い口を開いて こう言った。


「・・・お前は一騎くんを精神安定の道具にでもする気か・・?」


一騎を道具だと言う父さんの物言いが、気に食わなかった僕は
少し責めるような口調ではっきりと言い切った。


「違います。・・・確かに一騎が居る事で精神を安定させているのは
事実ですが、道具だなどと思ったことは欠片もありません。」


僕の真摯な瞳に、それが嘘ではないと知った父さんは、
黙って続きを聞くことにしたようだ。


「人として、一緒に寄り添い、支えあう事に意味があるんです。
互いを求め合う事が・・力になるんです。」


”それがたとえ僕の一方通行な想いだとしても”
そう付け足そうとしたが、言うのをやめた。
あまりにも自分が滑稽すぎて、目の前に悠然とそびえ立つ父親に、
同情的な瞳で見つめられたくなかったからだ。


「・・・他に方法はないのか?この島の重要な役目を担うお前が、
人と馴れ合うという事は――・・ある意味島の存亡をも脅かす要因に
成りうるのだ。・・・わかっているのか、総士?」


島を一番に考えろと、遠回しにいっているようなものだった。
僕にはもう、以前のような”父親の言いなりの自分”になる気は毛頭なかった。
僕は少し自嘲めいた相貌で静かに、そして低い声色で父親へと言葉を紡いだ。


「はい。・・わかっています。でも――」


一瞬、言うのが躊躇われる。
今目の前で僕の真意を理解しようとしている父親の表情は
嫌悪感でいっぱいとでもいうような顔つきになっている。
当然といえば、・・当然だ。
父さんは島の代表。そして僕はその息子。
今まで母さんや乙姫をも犠牲にして、何よりも島の安泰を優先的に考え、
努力に努めてきた。にもかかわらず、これからの島を自分と一緒に
支えていくだろう息子に、突然このような告白をされては、
立つ瀬もない。・・というか、これは皆城家に生まれた運命から
逃げている、言わば 反逆行為。
立派な裏切りなのだ。

だから父さんが怒るのは無理もないし、仕方のないことだ。
だけどそれでも、僕は選んでしまった。
あの日、あのとき、心から君を・・。

切望してしまったのだ。


僕は息を一呼吸置いてから、はっきりとした口調で
迷いなど何処かに忘れてきたように真っ直ぐとした視線を父親に向けて言い放った。


「・・・・そうしなければ、生きてはいけないんです。」


刹那のとき、凛とした志向を父親は垣間見たのであろうか。
僕の痛烈な視線に動揺し始める。


「総士・・・」


搾り出すような口調で、僕を憐れんでいるような表情で
・・父さんは僕を凝視してきた。
僕は怯むことなく、その視線を正面から受け止める。

今、僕の中では一騎の言葉が支えになっていた。

”一緒に居たい” ”側にいたい” ”もう後悔したくないんだ”

君がくれた、あの雨の日の言葉。今も胸に焼き付いている。
鼓膜が震えそうなほど、感動を覚えた。
涙が自然と頬を伝って、君を手放せないと 心から痛切に想った。

人をこんなに深く愛せた事、好きだと想えた事に
生まれてきた意味すら見出せずに居た僕が どれほど救われただろう。
君はきっと そんなことすら知らずにただ、僕を求めてくれたんだ。


あの雨の日、君とひとつになりたいと 切望した自分。
そして 程なくそれを実行しようとしたあの日。
僕は神社で左目に傷をつけられて、君は僕の前を去った。
だけど君が再び僕の目の前に現れたときには、もう僕の手に堕ちていた。
離さない。離すものかと心の中で誓った。
卑怯なやり方だと思う。君の弱みに付け込んで、こんなやり方・・。
だけどわかって欲しい。この心だけは本物だという事に。
切ないくらい純粋な、この君を思う心だけは 嘘ではないから――。


静寂に包まれた校長室。僕の言葉に今聞いた言葉を疑うように、
呆然と立ち尽くした父親。
そんな父親に残酷な真意を告げても尚、僕は心の中で君を
愛し、慈しんでいる自分の真実を確認していた。


不意に、立ち尽くしていた父親が 少しよろめきながら、
近くにあったソファーへと腰を掛ける。肘を膝の上において、
目の前に両手を組んで 神妙な面持ちで やっと沈黙を破った。


「・・・フェストゥムを倒し、島が平和になった後では・・ダメなのか?
平和になった後なら いくらでもお前に自由を与えられる。
だが、今一緒に居るという事は どう考えてもお前の使命の邪魔になるだけだろう。」


父さんは、額から汗を滲ませながら、どうにか僕を説得しようと試みる。
僕を繋ぎとめておくには あまりにも最弱な言葉の数々だった。


僕は少し微笑みながら、そんな父さんに向かって殊勝な声色で答えた。


「そんなことはありません。
父さん、今がいいんです。・・今一緒に居ないとダメなんです。」


僕は父さんの言葉を撥ね付けた。少々優しすぎたかもしれない。
もっと突っぱねるべきだったかもしれない。
でも目の前に居る父親が、あまりにも小さく見えて。
・・この人も、沢山の大切なモノと引き換えに この島を守り続けてきた人なのだ。
それこそ、愛する母を代価にして。
母が、愛したこの島だからこそ。


だけど僕は父親のようにはなれない。
僕は、何を引き換えにしても一騎を選ぶ。
君がくれたこの想いを一心に抱えて。


「・・何故だ、総士・・・」


諦めに似た消えそうな声色でそう問いかけてくる父親。
僕は顔つきを切ない相貌へと変えていく。


いつか来る平和を願いながら 
一騎を遠ざける事に何の意味があるというのだろう。
約束されない未来を夢見るほど、虚しいものはない。


そんなもの・・・途方もない。




+++


初めて君に会ったときを思い出す。
大きく揺らめく栗色の瞳。しなやかな黒髪が日の光に溶け込んで、
僕は思わず目を瞠った。
僕の家に偶然 父親と遊びに来ていたのだろうか・・?
僕はその日、中庭で 草木に水を撒いていた。
すると知らぬ間に近づいてきた小さな来客の影に、
僕は思わずホースから出ている水の存在さえ忘れて、反射的に振り返った。

その瞬間、


「うわっ!!?」


と甲高く、どこか品のある可愛らしい声色が辺りに響いた。


目の前に立つ小さな少年。同い年くらいの、背に声。
驚いた。彼の身体に水をかけてしまったことに驚いたわけではない。

彼のその容姿と存在に、だ。
美しい黒髪からは、水滴がポタリ、と地面の芝生に滴り落ちた。
白いTシャツに下は少し長めの半ズボン。
顔に水をかけたせいか、髪や肩にまで被害が及んだ。
幸いズボンが濡れてないのがまだ救いだ。

可愛い大きな瞳が水をかけた僕へと向けられる。
心臓が破裂しそうなほど 大きく高鳴った。
僕は動揺しながらも、ありふれた言葉しか 脳内から搾り出せなかった。
こんな事は初めてだ。


「ご、・・・ごめんっ!!冷たかっただろ・・?」


そういって、衝撃に竦む足を奮い立たせ 僕はゆっくり彼へと
近づいていく。彼は左右に首を振ると、次の瞬間 はにかんで笑った。


「うんうん、大丈夫だよっ!」


栗色の双眸が僕を捕らえて離さない。
目の前が一気に光を集める。
僕の瞳は彼から、逸らされることはなかった。

何故だか彼は少し頬を上気させて、僕を一心に見つめてくる。
その瞳が憂いと憧れのような眼差しで微かに揺れる。

彼に近づいて、僕は見るからに華奢な身体と僕よりも低い身長差に
驚いた。年が近そうな割には、随分と自分とは違う体つきだ、と。


「本当にごめんね?・・僕の部屋に来て。服貸すから着替えよう。
そのままじゃ、君 風邪ひくだろう・・?」


僕が少し申し訳なさそうに 目の前に突如として現れた光の天使を
覗き込んでいう。すると天使は、更に僕の世界に光と彩を与えるように
その可愛らしい美声で答えた。


「ありがとう!・・やっぱり思ったとおりだ。優しい・・・」


まるで無人の住処に凛と咲く、淡い花のように その存在は光を帯びた。
大きな瞳からは 少しうっとりとした温かで純粋な色が見え隠れする。
僕はあまりの可愛さに、視線を思わず逸らしながら 目の前の天使に
言葉を紡いだ。


「・・思ったとおりって・・どういう、こと?」


すると 彼はきょとんとした目で僕を上目遣いに見上げると、こう言った。


「あのね、お父さんがね、皆城さん家には僕と同い年の子が居るって
前から言ってたんだよ!」


嬉々と話し始めた目の前の天使。僕は驚いて、その勢いにのる形になった。
必至に話し始める彼を視線で追った。


「だから僕、ずっと君に会ってみたくて・・・。でもお父さん、中々皆城さん家に
一緒に連れて行ってくれないんだもん。僕、我慢出来なくて こっそりお父さん
の後つけてきちゃった!」


へへ・・、と悪い悪戯をしたように軽く笑いながら 彼は父親に秘密で今ここに
居るという事を話してきた。


「今、僕のお父さん君のお父さんと玄関でお話中なんだ。僕、ばれないように
お庭に回って君を探したんだよ?そしたら君が、ここでお花にお水あげてるんだもん。
僕、悪いと思ったけど 君の近くまで言って 話しかけようとしたんだ。」


「・・なるほど。それで僕が後ろに居る君に気づいて、
振り返りざま水をかけちゃったんだね・・」

納得した僕は事態をきちんと把握した上で相手の同意を求めた。

すると彼は大きく頷き、”話しかける前に気づかれちゃうなんてかっこ悪いね”
と舌を出して 可愛く失敗の意を表した。

僕の鼓動は早鐘のように鳴り響く。


そうこうしている内に、目の前で滴り落ちる水滴に意識がいって、
彼が濡れたままだということに気づく。

慌てて僕は、彼の手を掴んで室内に移動しようと動き出す。
すると不意に、握り締めた僕の手が きゅっ、と強く握り返されるのがわかった。


僕は目を丸くして、瞬間、振り返る。
すると天使は今までで一番の微笑を僕に向けて言った。


「君の手・・・あったかいね?」



嬉しそうに言う君。
僕は何故だか目の前の天使が、急に愛しくなって。
抱きしめたい衝動にかられる。


「・・そうかな?」


照れ隠しにそういうと、君はまた笑った。


そういえば、と僕はまた思いだしたように言葉を紡ぐ。


「君・・・名前は?」


すると天使は僕の目の前で鮮やかにまた笑って見せた。


「一騎!真壁一騎だよ!」


「そっか・・一騎っていうんだね?」


「うん!君は・・?なんていうの?」


「僕?僕は総士。・・皆城総士。」


君は”そうし・・”と練習するかのように、その胸に
僕の名前を刻んでいるかのように 呟くように僕の名前を零した。


「そぉしっ・・・?」


少したどたどしく、確かめるような口調で 今度ははっきりとした声色で
言葉を発する。 僕は何だか可愛らしく思えて、くすくす笑いながら
”そうだよ”と答えた。

すると君は頬をまたほんのりと朱色に染めながら、嬉しそうに言った。



「総士!」



何故か君に呼ばれる自分の名前が、
突然特別な響きを帯びている事に驚いた。
他の人とは明らかに違うその響き。
僕は自分の中に芽生えた何かを心の奥で、理解し始める。

そう、これはきっと ”恋”というものだ。そうに違いない。


その瞬間、僕は一騎に恋をしたんだ。




+++




僕は今 一騎が欲しい。今じゃなきゃ、きっとダメで・・。



「何故今なんだ・・総士?」



再び聞いてくる、この学校を統括し、尚もこの島の代表権最高統括者である
父親・皆城公蔵。

その疑問を聞かれて、答えるのは簡単だった。

でも答えようとすると、 胸が痛くて。
君への想いが強すぎて。


一騎と離れられない理由なんて、いくらでもある。
もし些細な事でもいいからあげてみろと言われれば、きっとこう言う。


”初めて一騎と出会った日、一騎が僕の手を
強く握り返したから・・”



離れられない理由なんて、それだけで充分じゃないか。




「だって父さん・・・」


僕は静寂の中、重い沈黙を今度は自分から破った。
そして胸に突き刺さるような 島の現状と、君への抑えきれない想い。
僕は両方を胸に抱えて 痛みに耐えながら 切ない色を瞳に宿して答えた。


今、一緒に居なくてはダメな理由。
今、求めないと後悔してしまう理由。












「儚くて、僕ら。」














 NOVELに戻る   愛を乞う人に跳ぶ


こんにちは!青井です。いかがでしたか?
このお話は、愛を乞う人の、続編に近いものです。
今回は自分なりに総士と一騎の出会い編を入れてみました。
どうでしょうか・・?なぜこんなものを入れたのか、というと
総士と父親の会話ばかりで一騎が全然絡んでこない・・という難点に
ぶつかったからです(笑)前半で出てるにしても、何か自分的には足りない気が
しまして・・。もしよろしければ感想とかいただけたら幸いです。参考にしますので!

それでは、この辺で!!ありがとうございました。
2005.6.24.青井聖梨