ほんの、ひとかけら でもいい



覚えていて・・・










君の嘘、僕の本当。









ずっと好きだったひと、がいる。
叶わない願いだと思っていた。
その人とおれは、あまりにも違いすぎるから。
戦闘指揮官であり、島の代表でもある その人。
昔から、頭が良くて、いつも皆の先頭に立つひとだった。
おれはそんな彼と仲良くなれたことが密かな自慢でもあったし、
そんな彼に・・憧れてもいた。

でも、おれは あの日 彼に傷を負わせてしまった。
その日から俺たちの関係は明らかに変っていって・・
以前の俺たちの面影はもう 今はどこにもない。
だから俺たちはきっと、このまま一生 付かず離れずの関係で終わる。
・・そう、思ってた。なのに、昨日――夢のような出来事が、おれに起こった。





『一騎・・・お前が好きだよ』






総士の口から出たその言葉に、
おれは耳を疑った。


これは夢なのではないか、そんな風に思えた。





『これ・・・夢なのか?』




おれは純粋に思ったことを 
いつの間にか口にしていた。


すると目の前でおれを見つめる
総士の銀色の瞳が微かに揺れて、
長い髪が風になびいた。





『夢かどうか、・・・確かめてみるか?』





総士の低く擦れたその声に、
おれは酔わされながら 静かに瞳を閉じると

唇に、温かな感触を感じて おれは初めて



喜びの涙を流したんだ。











初めてのキス。
大好きな人と、想いを重ねあった昨日。
朝、目を覚ますと 総士がまだ隣で寝息を立てていた。

また、泣きそうになった。

夢じゃない。夢じゃないんだ。
おれは昨日、総士と想いを通わせて・・キスして、そのあと交わったんだ。
これは紛れもない事実なんだ。
そう思うと何故か、瞳からは涙が溢れて 視界がぼやけた。
想いがベッドシーツに零れ落ちる。
総士の寝顔をもっとはっきりと見て居たいのに、涙で濡れた瞳は
目の前の風景を歪めるばかりで。
好きな人と、こうして一緒に朝を迎えられることが何よりも幸せなことに思えて。
口からは微かな嗚咽が 思わず漏れてしまった。

総士をこんなに好きになるとは思わなかった。
人を好きになるという事が、こんなにも胸を締め付けるものだなんて思わなかった。

総士を起こさないように、必至に震える声を空中でかき消した。
音を立てないように、気づかれないように。
なのに馬鹿だ、おれ。溢れた想いの欠片を総士の頬に、一滴 落としてしまった。

”あっ・・”

そう思う頃には、もう遅くて 総士の意識を呼び覚ました。
薄くゆっくりと開いていく銀色の双眸が、上から眺めるおれの姿を捉える。
おれは、流した涙もそのままに 銀色の瞳に吸い込まれていった。

銀色の双眸は、覚醒した途端 少し驚いた色を宿し、すぐにいつもの
正常な色へと変わっていった。


「・・・・おはよう」


おれはこんな時どうすればいいのか わからなくて、
無理やり笑顔を作って微笑んだ。
すると総士は、困ったように微笑んで おれの頬に、左手を伸ばして触れてきた。


「・・・・・独りで泣くな」




おれは総士の優しさに、今度は声をあげて泣いた。




+++






「今日は七夕ということで、せっかくだから願い事を
短冊に書いて笹につるしましょうか?」



羽佐間先生の提案で今、おれたちは笹に吊るす願い事を
考えている最中だった。
不思議なもので、改めて願い事はなにかと聞かれると、
普段ならばすぐには答えられない。
だけど、今のおれにはすぐ答えられる願いがある。
その願いを心から切望している。

今朝、総士の部屋から 総士と一緒に
学校へ登校してきた。
些細な事かもしれないけれど、おれにとっては凄く幸せな事で、
そんな幸せを感じることができたことが嬉しい。

おれは今朝の出来事を思い出して、思わず
おれの席から少し離れた右斜め前の総士の席をちらり、と覗き見る。
すると、驚いた事に 途端に総士が振り返った。視線が直接合う。
おれはなんだか恥ずかしくなって、顔を赤らめてしまった。
総士はそんなおれの様子に気づいたのか くくっ、と喉元で笑うと
次の瞬間には眩しそうな笑顔を向けてくれた。

おれはこの瞬間、また小さな幸せを感じたのだった。



「それじゃあ、笹に願い事を吊るします。
みんな、裏庭に集まって!」


羽佐間先生が声を張上げると、皆は”は〜い”と大声で応えて、
昇降口に向かった。
おれは自分の書いた短冊を片手に、
靴を履き替えて裏庭へといち早く向かう。

すると違うクラスがもう短冊を笹に吊るしている最中だった。
”狩谷先生のクラスだ・・” どうやら狩谷先生も羽佐間先生と同じ事を考えていたようだ。
おれは横目に狩谷先生を捉える。すると、狩谷先生がおれに気付いて、
近づいてきた。何だか心なしか、含み笑いを浮かべている気がする。
そう感じて、一歩おれは後ずさった。・・なんだかあまりにも不気味だ。


「真壁。」


いきなり名前を呼ばれて、背筋がのびる。


「は、はい・・?」


慎重な面持ちでおれは答えた。
するといきなり狩谷先生は 急接近してきて、おれの耳元で囁いてきた。


「あなた、昨日皆城くんに――抱かれたでしょう?」


「!!!」


おれの心臓がドクン、と音を立てて跳ね上がった。
今にも心臓が止まりそうだ。


「隠さなくていいのよ?今朝、アルヴィスの廊下であなたが皆城君と
一緒に、皆城君の部屋から出てきたところを見てしまったの。」


出来るだけ周りに警戒して部屋を出てきたはずなのに、まさか狩谷先生に
見つかるとは思わなかった。
おれは途端に顔を夕焼け色に染めて、俯く。これじゃあ肯定してるのと一緒だ。
なんだか自分の態度がとても滑稽に見えた。


「心配しなくてもいいのよ?お父様には黙っていてあげるわ。」


女性の声にしては低い声色でそっと囁く狩谷先生に
おれは少し怖くなった。・・・なにかの企みを感じるからだ。


「そのかわり、・・私のお願いを聞いてくれるかしら?」


「・・・お願い?」


いきなり話の雲行きが怪しくなって、おれは思わず顔をしかめた。
先生は今、おれに交換条件を提示している・・?本能がそう感じた。


「そう、お願い。・・・聞いてくれるかしら?」


「・・・なにを、考えているんですか・・・?」


おれは先生に失礼だとは思いながらも、俯いた顔をあげると
訝しげな顔をむけて下から軽く睨みつけた。
先生はそんなおれを軽く受け流すと鋭い目を細めてくすっ、と笑う。


「司令には黙っていてあげる。・・でも、皆城君とはこれっきりにしなさい。」


急に凄みを帯びた表情を作って、おれにそういう先生。
おれは その言葉に背筋を凍らせた。


「皆城君は島の中核を担う人物。・・真壁、あなたはパイロットよ。
立場が違うわ。・・皆城君があなたに執着していることは明らか。
これ以上あなた達が仲良くなる事は私としても見過ごせないわ。
・・あなた達の関係は、島の危険を呼び寄せる可能性に成り得るのよ。」


先生の言葉は、おれの脳髄を破壊する勢いで、体中に電撃を走らせる。
おれは精神的にも肉体的にも、追い詰められていた。


「な、んで・・・・」


絞り出すような声で、そんな言葉しか出なかった。
口元が震える。
総士とおれが、島の危険を呼び寄せる・・?考えた事もなかった。


「もし、あなたと島が同時に危機的状況下に置かれたら・・?
その場合、今の彼ならきっと真壁、・・あなたを選ぶでしょうね。」


「なっ・・・!!そんなこと総士はっ・・・」


「しないって言い切れる?証拠はどこにあるの?」


狩谷先生の言葉に、おれはすぐさま反論しようとして遮られる。
でもおれは総士がそんなことする奴じゃないって知っていた。
だから、言葉を遮られても、コレだけは否定しなきゃいけないと思った。


「あいつは・・・、総士はそんなことする奴じゃありません。
島の事をいつも一番に考えてるし、責務を途中で投げ出すような事
一度だってしたことない・・・、そんなこと、絶対にしないっ・・・!!」


おれは怒りを帯びた声色で、目の前で見下したような視線をおれに向ける
狩谷先生をきつく睨んだ。
そうすると先生は、ひとつ大きなため息をついて言葉を返した。


「真壁、・・人を好きになるってね、理屈じゃないのよ。だから好きな人の為なら
どんなことだって出来てしまうものなの。皆城君・・彼は本気よ。本気であなたを
想ってる。だからこそ危険なのよ。・・究極の選択を迫られたときの彼の言動が。」


狩谷先生の言葉は、何故か人の真をついたように聴こえて、
おれはそれ以上言葉がでなかった。・・おれも総士のためならなんだってできる。
狩谷先生の言うことが少し、・・・・嫌だけど解かる。


「真壁のようにパイロットだったら、たいした問題じゃないわ。代わりだって
いくらでもいるしね。・・でも皆城君は違う。彼の代わりはそうは居ないわ。
ジークフリード・システムを使いこなせるのも、あれほどの戦略を生み出す頭も
簡単には見つからない。」


厳しい現実を先生の言葉の先におれは見ていた。
・・確かに。おれの代わりならいくらでもいる。でも、総士は・・・。
総士の置かれている立場を忘れて、自分の気持ちに走ってしまった。
総士の言葉に舞い上がって、自分の想いを大切にしてしまった。

・・昨日の自分が恥ずかしい。
今の自分が、浅ましい。


おれは力なく、肩を落として ただその場に立ち尽くしていた。
考えなしに総士の胸へと飛び込んでしまった昨日の自分が悔やまれた。
なんでおれは総士のこと、もっと考えてあげなかったのだろう。
こんなんじゃ、総士の負担を増やしてるのはおれじゃないか。
自己嫌悪が胸をつく。

急にうな垂れたおれを見た先生は、何かに勘付いたのか
先程とは態度をあからさまに変え、宥めるように耳元で囁いた。


「どうやら ちゃんと理解したようね。いい?皆城君とは別れなさい。
あなた達のためにも、島のためにも、それが最善の選択だということを
決して忘れてはダメよ?」


先生はそう言って、おれの肩に軽く手を置いた。
そして、そそくさとその場を離れていく。
おれの意識は何故か虚ろで、世界が闇に包まれたみたいだった。
柔らかな風が頬を掠める。
まるで慰められているようだ。

昨日の言葉も、出来事も。今朝の優しい光景も。
幸せな記憶すべてが今は夢か幻に思えた。
そう思うことが、最善の選択。

おれは瞳を一端きつく閉じて、歯を喰いしばる。
泣きそうになったからだ。
人を好きになると、弱くもなる。・・そう感じた。
手の中には願い事を書いた短冊。
せめてこの願いだけは、叶えて欲しいと心から想ったおれは
力が抜けた身体を奮い立たせ、笹のある方へと歩みを進めた。


おれの斜め後ろの木陰から、銀色の双眸が
一部始終を除き見ていたことを、おれは知らなかった。



+++






いきなり別れを告げられたのは、
幸せな朝を迎えたその日の帰り道だった。


「・・・今、なんて言ったんだ・・お前」


僕は半信半疑、もう一度聞き返す。


「・・・これっきりに、して欲しいんだ。」


一騎の意図が読み取れず、僕は怪訝な顔を向けた。


「お前・・・言っている意味、わかって口にしてるのか・・?」


僕が少し怒声を含ませた声色で話すと、華奢な身体が小さく竦んだ。
何かある、・・そう僕は感じた。


「わかってる・・。お前が怒るのも、わかるよ。でもおれ・・・昨日は
雰囲気に流されたっていうか・・・、お前と付き合う気なんて、・・ないのに
ああいうことしちゃって・・・。だから、昨日の事は・・・なかったことにして
ほし、くて・・・・・・」


苦しそうに、顔を歪めて、一騎は伏せ目がちに僕へと
言葉を紡いでいた。

夕焼け色に染まった長い坂道。
僕の少し後ろをついて歩く、一騎の足が自然に止まる。
僕は少し高い位置から一騎を見下ろし、問いかけた。


「・・・そんな一方的な言葉を僕が受け入れると思うのか?」


一騎は黙ったまま、地面に顔を伏せて、俯いていた。
赤紫の夕日の光が、一騎の肩や身体全てを照らし続ける。
艶めいた柔らかな黒髪は、歌でも歌うように軽やかに風に乗ってなびいていた。
美しい目の前の幼馴染に、僕は胸を高鳴らせながら、急に襲いくる切なさと
静かに戦っていた。
やっと手に入れたと思ったのに。・・手に入れた瞬間、消えてしまうなんて。

僕はそんなの認めはしない。認めるものか。
だってお前はここに居る。僕の目の前で、確かに存在している。
一騎は、消えない。消えたりしないのだから。



「雰囲気に流されたというのなら・・・あの涙は嘘か?」


僕がそういうと、一騎はビクッと肩を震わせた。


「何故お前は泣いていたんだ・・・?」


僕の言葉に一騎がゆっくりと顔をあげる。
一騎は少し顔を歪めて、何かに耐えている表情をしていた。


「・・・お、お前に酷い事したと・・思って――」


心の無い交わりをしてしまった自分を責めて泣いていた。
そう一騎は僕に伝えてくる。
・・僕は一騎が嘘を吐いているとしか思えなかった。



昨日 君と初めてしたキス。
その唇こそが、震えていたのに。


それこそが、君の真実だと僕は思った。



「・・・・・・なかったことに、したいのか?」



そう僕が悲しみを含んだ声色で問うと、君の瞳が大きく揺れた。
君が静かに、・・・傷ついている気がした。





「・・・・っ、ごめん・・!」



「一騎!!」



一騎はいきなり凄い勢いで駆け出し、坂を下り始めた。
僕は一歩遅れて追いかける。
しかし、さすがは一騎。足の速さも体力も人並みはずれたものがある。
あっという間に坂を下りたと思うと、もうその姿を視界に捉えることは出来なかった。



僕は追うのを諦めると、石垣に身体を預け、空を仰いだ。


「・・・やはりあの時、なにかあったな・・」


僕は呟くように空中へと、投げかけると
すぐさま踵を返し、学校へと向かった。


日没は、間近に迫っていた。



+++








ガラッ・・・・


ダッダッダッ・・・・バタン!!


家に帰ってきたと思った拍子に、いきなり荒々しい物音を立てて
自室に篭ってしまった一騎。
何事かと、さすがの史彦も心配した面持ちで、二階に繋がる階段を見つめていた。



暗い室内なのに電気もつけず、一騎は布団に包まって
ただ嗚咽を噛み殺していた。


「っ・・・く、・・ぅ、ぅっ・・・・」


総士の言葉が頭を過ぎる。






『・・・・・・なかったことに、したいのか?』





今の一騎には残酷な言葉だった。
ほんとは覚えていて欲しい。忘れて欲しくなんてないのに。


だけどなかったことにすることが、この先の未来には
必要なことであり、大切なことでもあった。


透き通った涙を行く筋も流しながら、一騎はただ ただ、
痛みに耐えるばかりだった。
胸を締め付けるその痛みを、少しでも和らげようと
必至に理由をつけて 感情を制御しようと試みる。




笹に吊るすとき、総士の短冊の願いを
不意に覗き見た。



総士の願いには、こんなことが書いてあった。




                          「願い」

                    全ての痛みを背負えるような
                       強い自分になりたい。






総士らしいと、思った。
何でも背負い込もうとする総士の願い事。
知って、少し胸が痛んだ。

優しい総士。島のために全力を尽くし、命をかけている。
そんな総士だから自分は好きで、しょうがないのだと痛感する。

これ以上自分が総士の負担にならないためにも、
今感じているこの痛みは必要なのだと どうかそう思わせて欲しい。
無駄な事なんてひとつもないのだと、そう気づかせて欲しい。


本当は



本当は・・・・



ほんの、 ひとかけら でもいい




覚えていて欲しい―――・・




一瞬でも、おれとお前の心が、通い合ったことを。




どうか、どうか








七夕の奇跡を






おれに、見せて。













NOVELに戻る   〜僕の本当編〜



こんにちは!青井聖梨です。ここまで読んで頂いて、光栄です。
今回のお話は、狩谷先生が出張ってます。自分にしては、珍しいです。

純粋に総士を想う一騎と純粋に一騎を守ろうとする総士を書いて見ました。
初々しさみたいなものが見え隠れする二人を書いてみたかったのですが
どうでしょう・・? 一騎を守ろうという総士の守る対象をあえていうなら、
一騎を悲しませる全てのモノとか、苦しめる人とかそんなとこですかね(笑)
紳士的な総士を目指して書いてます、今回は。
カッコイイ総士が書けたらいいな〜。そして可愛い一騎も書けたらもっといいな〜。
無理な願いですかね。
それでは、この辺で失礼します。
2005.8.2.青井聖梨