消えなくて良かった・・・
君の嘘、僕の本当。
「何を言ったんです?一騎に。」
応接室に響き渡る男女の声。
事態は明らかに緊迫していた。
「なにも・・?私は島のために助言したまでだわ。」
「助言?・・あなたがですか?」
意外な発言に一瞬総士は耳を疑う素振りで聞き返す。
応接室の椅子に深く腰を下ろし、正面にいる狩谷を
鋭く銀色の双眸が睨みつけた。
その鋭い瞳に、一瞬酔いしれた狩谷は、総士の目の前まで
近寄っていくと 机の上に足を組んで座り、大胆で性的欲求を促す格好を
総士の前でしてみせる。
明らかに総士を誘っていた。
「私はただあなたと真壁君がこれ以上仲良くするのは危険だと
いっただけなのよ?・・あなたもわかっているはずよ。亡きお父様にも
人と馴れ合わないように注意されていたんじゃないかしら・・?」
淫靡な香りを漂わせながら、狩谷は徐々に総士との距離をつめていく。
近づく狩谷を氷のような冷たい眼差しで睨みつけながら、総士は
冷酷に言葉を吐き捨てた。
「そういうのを余計なお世話だというんですよ。・・それとも父と関係を
持っていたというだけで、僕の母親気分ですか?」
冷笑を浮かべ、あざ笑う総士。十代とは思えない色気と凄みが
見え隠れして、狩谷の思考を一端停止させた。
狩谷は、ハッ、と意識を覚醒させると 会話を続けた。
「母親・・?失礼ね・・、私はまだそんな年じゃないわ。
どうせなら、恋人・・・にして欲しいものだわ。」
そういうと、狩谷は総士の長いカーキ色の髪に触れようとした。
が、総士の手がそれを振り払う。
「恋人・・・・?あなたをですか・・・?」
「そうよ。・・・・ねぇ、皆城君。もし、あなたと真壁君の仲を忠告した私の行為が
嫉妬からくるものだったとしたら・・・あなたはどうするのかしら?」
その言葉を聴いた途端、総士は椅子から立ち上がると迫ってきた狩谷を
押しのけて、見下すように言い捨てた。
「くだらない冗談に付き合う暇はありませんよ。」
「冗談じゃないかもしれないのに・・・?」
少し焦った声音でそういう狩谷。総士は冷徹なまでに凄みを利かせた顔つきで
狩谷を睨んで硬直させた。
「冗談にしておいた方がいいですよ。・・・死にたくなければ、ね。」
そう言いきって、総士は応接室の扉を荒々しく開けると、
颯爽と部屋を出て行った。
狩谷は呆然とその場に佇んでいた。
+++
「一騎・・・話がある。」
教室の一番後ろの席に座って、ぼんやりと外を眺めていた。
するといきなり、真剣な顔をして総士がおれに話しかけてきた。
きっと、昨日の話だと思った。
逃げたくなる。でも、・・逃げちゃいけないことだった。
「・・・あぁ、わかった。」
重い腰をあげて、おれは促されるまま 総士の後について行く。
どこに連れて行かれるのかなんて、問題じゃなかった。
ただ、総士の負担にならないように取り繕う言葉を考える事で
頭はいっぱいだった。
気づけば、裏庭に連れてこられていた。
昨日は七夕だったため、まだ笹が置かれている。
その笹の葉には、願い事が沢山吊るされていた。
織姫と彦星は、昨日の夜、出会えたのだろうか?
自分は部屋に閉じこもったまま、あの後泣き疲れて眠ってしまった。
だから外を見ずに、一夜を過ごしてしまったのだ。
雨は降っていなかった。
きっと、会えたのだろう・・そう、密かに思うことにする。
そんな事を人知れず考えていると、総士が急におれの方へと振り返った。
「お前が・・・狩谷先生に何か吹き込まれたことは知っている。」
ドキン。
突然核心をついてくる総士に、おれは目を丸くして
心臓を跳ね上がらせた。
総士は何を言うつもりなのだろう・・・?
「狩谷先生が何をお前に吹き込んだのかは、あえて問わない。
ただ、僕はお前の真意を知りたい。」
そう言って、総士はおれに近づいてくると 一枚の短冊を
おれの前に差し出した。
「あっ・・・・」
おれは思わず声を漏らした。
それは昨日、おれが書いた短冊だったからだ。
「一騎、・・・おまえは昨日僕に言ったな。――その気も無いのに、雰囲気に呑まれて
僕と性的行為に及んだから、これっきりにして欲しいと。」
総士の言葉に、おれは静かに頷いた。
胸の中は、酷く焼けるような悲しみが渦巻いていた。
声もなく、おれはただひたすら総士を見つめることしか出来ない。
「だが、この短冊の願いを見たときから、僕はどうしても納得できなかった。
・・お前が僕を想っていてくれると、どうしても思えてしまう。」
総士は短冊の願い事をおれの前で読み上げた。
おれは、隠しきれない想いが吐露されたようで
耳が痛かった。
「願い」
総士の側に、いつも
優しさがありますように。
「何故、僕のために願った?
・・・・・気がない奴のために願い事なんて、普通はしない。」
なんで、そんなこと言うんだよ。
・・せっかくおれが 決心、したのに。
「一騎・・・、言ってくれ。お前の本当の気持ちを。」
なんで・・・
「想いが通じ合ったあの夜を、僕は忘れる事なんて出来ない・・!
なかったことなどには出来ない!!・・あれっきりになんて、したくないんだ・・」
総士の銀色の瞳が微かに揺れて、情熱の色を宿している。
おれは体中、総士の言葉に溺れていくような錯覚を起こしていた。
ダメなのに・・・おれは総士の負担になるだけなのに。
弱い自分を、恨んだ。
「忘れられない・・。いくらお前の願いでも、それだけは無理だ。
お前を忘れるなんて出来ない・・・・・」
切なそうに顔を歪め、細まった瞳が訴えかけてくる。
そんな総士が”綺麗だ”と思える自分に、苦笑した。
「言ってくれ一騎。・・・お前の言葉しか、僕はもう信じないから」
総士はそう呟いて、おれの髪に触れてきた。
優しくおれの黒髪をすいて、視線を絡ませてくる。
「・・・・ずるいよ、おまえ」
おれが泣きそうな顔で声を震わすと、
”どっちが”と酷く優しい声音が返ってきた。
ほんとにずるい。
そんなこと言われたら、嘘なんて吐けなくなるじゃないか。
ダメなのに・・・、言っちゃダメなのに。
言うな。
ダメだ、言うな。
「・・・・・・・おまえの負担に・・・なりたくないんだ」
そんな言葉しか、今のおれには紡げない。
涙が、頬を伝って おれの書いた短冊の上に流れ落ちた。
総士はふわっと、優しく微笑む。
「・・・負担かどうかは、僕が決めることだ。
お前が決めることではないだろう?」
そう言って、おれの眼元に総士の唇が触れた。
眼元の次は、右頬に。次は額に・・。
沢山のキスの雨が、おれの至る所に降り注いだ。
「でもっ・・・」
擦れる様な涙声でおれが呟くと、総士は
「独りで泣くなと、言ったろ・・?」
そう言って、おれの心臓を指差した。
おれは ハッとする。
総士は・・・わかっていたんだ。
おれの心が、ずっと悲鳴をあげていたこと、
・・・泣いていたことを。
「・・・・聴こえてたのか?」
総士の言葉に、おれは涙でぼやける視界を
一心に見つめた。
すると総士は、小さい頃よく見せてくれた懐かしい笑顔を
おれに向けて 眩しそうに目を細めて言った。
「――あぁ・・・聴こえてたよ」
壊れモノを扱うかのようにそっと、
おれをその腕の中に閉じ込める。
「お前の声なら いつだって聴こえる」
次第に、総士の腕に力がこもってきた。
おれは身体を預けながら瞳を閉じると、
不意に 総士の切ない呟きが、おれの耳を掠めた。
「消えなくて良かった・・・」
抱きしめられたその腕が、微かに震えている気がした。
+++
「さて、何をして貰おうか・・?」
「・・・・・なにが?」
アルヴィスの資料室。
おれと総士は資料の整理にやってきた。
資料を一通り、区切りのいい所まで整理し終えた途端、
唐突に総士がそんなことを呟いた。
おれは目を丸くして、聞き返す。
「何って、罪滅ぼしだよ。」
「・・・罪滅ぼし・・・?」
意外な言葉におれは更に驚いた。
「・・・・誰がするんだ、それ。」
「お前以外に誰がいるんだ?一騎。」
「おれぇぇ〜っ?!」
総士は意地悪い微笑で、おれを流し目で見つめた。
その挑発的な顔と言葉に、おれは思わず反発する。
「な、なんでそんなっ・・・!?」
そう言いかけて、有無を言わさず総士が切り返してきた。
「お前が悪い。――僕はこれでもデリケートなんだ。
嘘とはいえ、お前に一度はふられて 少なからず
僕が傷ついたのは事実だ。それくらい許されるだろう?」
「うっ・・・・」
心なしか、どこか勝ち誇ったような口調で見下ろしてくる総士。
痛いところを突かれて、おれは なんだか少し悔しくなった。
今回の件は 全面的におれが悪いんだし・・・観念するしかない。
意を決したように おれは顔をあげると、真っ直ぐ正面から総士を見上げた。
「・・・・・何をすればいいんだ?」
おれがそう言うと、総士は嬉しそうに笑った。
・・何を企んでいるんだ、総士?
嫌な予感が頭を過ぎる。
「そうだなぁ〜・・・まぁ、今回の件は 狩谷先生も一枚噛んでたわけだし、
情状酌量にしてやるかな・・・」
総士はそんな事を呟いて、”よし、決めた”と急に声を上げた。
おれは少し身構えながら、総士の言葉を待つ。
「一騎、キスしろ。」
「・・・えっ?」
「だからキス!――それで許してやる。」
「・・・キス?」
「お前からのキスは、まだしてもらったことないからな。」
「・・・・・・・・」
総士は簡単に言うけど、おれにとっては かなり重い罪滅ぼしだった。
キスって・・・、おれからキスって・・・・恥ずかしすぎる。
総士が眠っているとか、そういう時なら出来るけど、
こんな あからさまなのは、正直・・しづらい。でも、しなきゃいけなくて。
おれが、悪いんだから。
おれの顔はみるみるウチに真っ赤に染まった。
襲い来る羞恥心に耐える。
「そ、総士・・・目、つぶれよっ・・・」
「・・あぁ、悪い。つい、な?」
何がついだよ。絶対目を開けたまま おれがキスするトコ
見ようとしてたくせに!・・なんて理不尽な悪態をつきながら
おれは おずおずと総士に近づいていった。
背の高い総士。おれの唇が総士の顔に届くようにと、
おれは少し背伸びをして 総士の両肩に自分の両手を添えた。
「甘い匂いがするな・・」
総士が大人びた表情でフッ、と間近で笑った。
目を閉じているせいか、嗅覚や触覚など 普段あまり
大して気にならない所が敏感に反応するらしい。
なにが甘いのかおれには分らない。
この時のことを後に総士に聞いてみたら、
”おれが身にまとっている匂いの事だ”といっていた。
おれが余計にわからなくなったのは言うまでもない。
背伸びをしたおれは、そっと羽が触れるような
軽いキスをした。
総士の・・左頬に。
キスをし終えると、おれは恥ずかしさから
総士の側を素早く離れた。
目を閉じていた総士は、瞳を開くと、少し不満そうな
顔つきでおれを見つめてきた。
「な、なんだよ!」
刺すような視線に、おれは動揺する。
「・・・・・・・・それだけか?」
「そ、それだけっ・・て、なんだよソレ!
これでも頑張ったんだぞ!!?」
おれは 相変わらず林檎のような赤い顔で、非難めいた声をあげた。
総士はそんなおれを見て、半ば諦めたように 深いため息をひとつ吐く。
「・・・やれやれ、ここにもひとり デリケートな奴が居るみたいだな?」
そう呟いた総士は、銀色の瞳を優しく揺らしながら
小さく笑った。
そんな総士の笑顔を見て、おれも
つられて、小さく笑った。
おれは また、こんな些細な瞬間に
幸せを感じる。
この小さな幸せは、
おれの中で永遠に輝き続ける。
外に広がる、蒼穹のように。
そしておれは、
永遠に
皆城総士を愛してる。
NOVELに戻る 〜君の嘘編〜
お疲れ様でした、青井聖梨です。
いかがでしたでしょうか?初々しい感じ・・出てましたか?(笑)
紳士的総士を目指しましたが、最後は少し意地悪な性格が出てしまいました。
はは、許してやって下さい。比較的爽やかに書けた話だと思っています。
ずっとこういう話書きたかったので、やっと消化できた気がします。
よかった・・。
それではこの辺で!
2005.8.2.青井聖梨