最後の”もしも”を


使おうか?








もしも願いが叶うなら

〜後編〜








「一騎くん。」


アルヴィスの廊下で、ふと声を掛けられた俺は
足を止めて、その人物へと振り返った。

「遠見先生・・」


遠見千鶴先生。この島を代表する名医だ。
そんな遠見先生が、何故かとても思いつめた表情をしながら、
俺の側へと歩み寄ってきた。
先生のあまりに深刻な表情に、
俺は一歩身じろいでしまう。

なにか、あったのだろうか?

聞いていいものかどうか迷いながらも、
俺は意を決して口を開く。
こんな先生の表情を、見たことがなかったからだ。


「あの・・・」


「今、ねーーー」


自分が発した言葉が、急に話し始めた先生の声に
遮られた。先生はゆっくりと、話し始めたーー。
俺は、話し始めた先生の話を黙って聞くことにした。


「医務室に・・行ってきたのーーー。」


「医務室・・?あっーー総士!・・総士を診てくれたんですか?
あの・・・どうでしたか・・・?」



さっき俺も医務室に行って来た。
総士は”僕は大丈夫だ”と言って、
俺の手をずっと今さっきまで握っていてくれた。

まだ、総士の手のぬくもりが
俺の手に残っているほどに、ずっとーーー。


「・・・皆城君は、自分の体調を一騎君に なんて
言っているのーー?」


「え・・・?睡眠不足だとは、聞いています・・。でもそれ以上は
何もーー。”お前は自分のことだけ心配してればいい”としか
言ってくれなくて・・・」


「そうーーー・・。」


俯いて肩を落とす遠見先生。
その姿を見て、俺は 先生が深刻な顔をしていた原因が
総士にあるのだと気づく。


「あのっ・・・・!そう、し・・・・どうか・・したんですか?」





本当は聞くのが怖かった。
もし・・総士に何かあったら・・
そう考えるだけで、心臓が止まりそうだった。
でも、聞かなくちゃいけないことなんだと思う。
真実から 目を背けていても、何も始まらない。

だって 相手を知るって、そういうことだと思うからーーー。
だから、俺は ちゃんと聞かなくちゃいけないんだ。



総士のこと
ちゃんと知りたいんだ・・。



「一騎くん・・・。これから話すことは他の人には秘密に
して欲しいの。−−貴方が皆城くんにとって大切なひとだと
思うから・・私は貴方に話すのよーー。どうかそれだけは、知っておいてね?」


「はい・・・・」


そう一言返事をすると、遠見先生は憂いを帯びた瞳で
静かに”ありがとう”といって微笑んだ。


そして遠見先生は、総士の身体のことを
話し始めたーーー。





遠見先生は話し終わった後、最後に
”貴方が皆城君を・・支えてあげてね”
そういい残して 俺の側を離れて言った。


俺はいつの間にか、走り出していたーー。
総士のもとへと。




目の前は、涙で 滲んでいた。





+++






『もしもの話に付き合う気はありませんよ』


父さんが、死んだとき 狩谷先生は
もし僕が指揮をとっていたらと話を持ち出した。


僕は”もしも”なんてものに、踊らされる気はなかった。


”もしも、僕が指揮をとっていたら”などと
考えてしまえば・・・ きりがなかったからだ。

けれど僕はあえて
狩谷先生の持ち出した”もしもの話”に
付き合ってみることにした。
もしもの先にあるものが何なのか、知るためにーー。


『さっきの話ですが・・ーーもし、僕が指揮をとっていたらの話です』


考えて考えて、答えをだして・・
そして僕はその先を、知る。


『僕ならもっと・・巧くやってみせたーー』





ーーー虚しさしか・・残らないと。











暫く横になっていたおかげで、体調が回復した僕は、
医務室を出ようとベッドから起き上がり、靴を履いて
扉へと足を進めた。
そのときだった。

ーーバンッ・・!!


勢いよく、急に扉が開かれる。

何だと顔をしかめて僕は目の前を見る。
すると瞳から溢れた涙もそのままに、一騎が立っていた。


「一騎!?・・どうしたーー」


まるで僕の言葉を遮るように、一騎は
僕の胸へと飛び込んできた。
あまりに急な一騎の言動に僕は驚き、戸惑った。

「っーーーー・・!!」


一騎は歯を喰いしばりながら、
自分の嗚咽をかみ殺すのに必死な様子だった。


「・・・・・一騎。」


そんな痛々しい一騎を見て、
ついに一騎は真実を知ってしまったのだと
僕は気づく。


僕の胸で、震える一騎。
僕は、何も言わずにそっと一騎を
両手で包み込む。
そして、耳元でひとこと囁いた。 



”ごめん・・・”






一騎は声をあげて泣き出した。








+++






『フラッシュバックを抑えるために皆城君は
沢山の薬を過剰に服用しているの。
そのせいで、身体に異変が生じているのよ。』


『異変・・?』


『えぇ・・。貴方達がファフナーに乗るたびに同化現象が進行するという負担
を担うのと同じように、彼の身体もまた、ジークフリードシステム
を通して多大な負担を被っているの・・・身体も精神もーー』


『なんとかならないんですか!?』


『・・・・きっと彼は気づいているはずよ。
ーー自分の残り時間が、・・・少ないことを。』



『−−−−−−!!!』



『・・・一騎くん・・・』



『っーーー・・・・』



『貴方が皆城君を・・支えてあげてね。』








なんで・・・なにも言ってくれなかったんだ、総士。



俺はいつも、何も知らずに
お前の傍にいて


お前の苦しみも
解からないまま


いつもーーーーー





溢れ出す涙を、止めることは出来なかった。
本当に謝らなければいけないのは自分なのに。

総士、なんで謝ったりするんだ。
俺はお前に謝らなきゃいけないことが沢山あるのに。
その左目の傷のこと、お前の苦しみに気づいてやれなかったこと。
言い切れないほど、・・沢山あるのに。


なのになんで、お前が謝ったりするんだーー。


声を出して泣きたくなんて、なかったのに・・。
お前が・・”ごめん”なんて言うから・・・俺ーーーー



どうすればいいのか、わからないよ。




泣き出す俺を、総士はその体温で包み込んでくれた。
俺の背を、ゆっくりとさする。
まるで、赤子をあやす様に優しく。


「大丈夫だ、一騎・・・。僕はここに居るーー。
まだ、ここに居るだろう?」




ま・・・・だ・・・・?




「っーー!!」


総士の言葉を聞いて、胸元から顔を離すと、
俺は総士の顔を見上げて問いかけた。


「まだって・・・・まだって、どういうことなんだーー?!」


俺は明らかに動揺していた。
遠見先生のさっきの口調は、
まるで総士がもう助からないような言い方だった。
なのに総士まで、そんな言い方をするなんてーー。

悲鳴に近い問いかけだった。
涙は、止まることを知らないかのように
溢れ続ける。


総士、 総士 ・・大丈夫だよな?


お前は助かるんだろ?


そうなんだろ?



自分がどんな顔をしていたかなんて、わからない。
けれど これだけはわかる。
俺の顔を見て、悲しそうに笑っていた総士の言いたいことだけは。


きっと総士は・・・

もうーーーーー。



俺は総士を見ていられなくなって、俯いた。
・・身体に力が入らない。
気づくと俺は、床に崩れ落ちそうになっていた。

総士はそんな俺を両腕で支えると、抱きかかえてくれた。
・・総士のぬくもりが 悲しかった。
このぬくもりが 残り僅かしか感じられなくなると思うだけでもう、
呼吸が 止まりそうだった。


「一騎・・・大丈夫か?」


耳元で聴こえてくる総士の優しい声。
なんでこんなことになったんだ・・・なんで。


・・そうだ。あのときの無線機ーー。
あの無線機から聴こえてきた声に答えたせいで・・
俺たちはーーー。


「ーーーもし・・」


ポツリと言葉を零した俺に、総士は”なんだ?”と言って
静かに聞いていた。


「七年前・・もし あの無線機から聴こえてきた声に
答えてさえいなければ・・・」


俺たち、こんな風に戦わなくて済んだかもしれないのに。


そんなことを考えると、きりが無いことなんて
わかっていた。
過去を悔いたところで、何が変わるわけでもない。
だけど・・・

だけどーーー

言わずにはいられなかった。


「一騎・・・」

総士の優しい声色が、悲しい声色へと変わる。
わかってる。どうにもならないことなんて。
でも総士・・・総士も考えたこと、あるはずだ。
ーー”もしも”の話を。

口に出せばもう、止まらなかった。
涙と 同じように・・。


「もし、俺がひとりでフェストゥムを全部倒すことが
出来ていたら、お前のクロッシングの負担は俺だけで
よかったのにっ・・・」


そうだよ、俺が もっと強かったら・・・。


「総士の親父さんのことだってそうだ・・。
もし、俺があのとき もっとスムーズにファフナーを操縦
出来ていたら・・お前の親父さんはっーーー・・」


「一騎!!」


総士が、たしなめるように俺の名を呼んだ。
俺はハッとして、抱きかかえてくれる総士の顔を見た。

総士は、苦しそうに顔を歪めていた。
でも俺と視線が合うと、その顔は すぐに
優しさと慈愛に満ちた顔つきへと変っていった。


総士は俺を近くにあった椅子へと座らせると、
自分は膝をついて 座っている俺と目線を合わせてきた。
そして右手で俺の左頬に触れると、俺の涙を拭いながら、こう言った。


「一騎・・・・もう、”もしも”を使うのはやめないか・・?」


「えっーーー・・?」


「”もしも”を使って、過去を悔やんでもーー虚しさしか残らないだろう?」


「・・・・・・・・・」


総士の言葉が、胸に響いた。
確かに・・・総士の言ったことは 事実かもしれない。
だけど、−−言わずには、いられなかったんだ。


「・・・・でもっ・・・・おれ、はーーー」


総士が触れてくる左頬が温かくて、止まりかけた涙が
また 溢れ出してくる。


「−−・・一騎、僕の残り時間は確かに今の時点では僅かかもしれない。
けれど僕は ーーー・・・諦めたわけじゃない。もしかしたら、これからーー
・・遠見先生の研究に新たな進展があるかもしれないだろう?
未来のことは、誰にもわからない。
・・だから僕は、今自分に出来ることをしておきたい。どんなことがあってもーー」


真剣な総士の瞳に圧倒される。
全身が吸い込まれていくようだ。
俺は総士の言葉をひとつも聞き零さないようにと
室内に響き渡る総士の声を ただひっそりと聴いていた。


「一騎、おまえが”もしも”を使ってしまう気持ちは
よくわかる。けれど、過去を悔やむ”もしも”よりも
未来に繋げる”もしも”を使った方が良い・・。」


「未来・・にーー?」


「あぁーーそうだ。」


「どんな・・・もしも、なんだ・・・?」


総士が言う”もしも”がどんなものなのか、
知りたくて、俺は総士に聞いてみる。
すると総士は


「”もしも”を使うのは・・もう止めたんだがなーー」

そう言って苦笑いする。
総士は俺の左頬から右手をそっと離すと、
今度は 膝の上に置いてあった俺の両手を
自分の両手でぎゅっと強く握ってみせた。


「・・・そうだな、じゃあ 最後の”もしも”を 使おうか?」


総士が、そう一言零した。
俺は黙って頷いた。



「いつか・・この竜宮島に平和が訪れてーー」



総士の手が温かい・・



「もしも、そのとき お前が 笑顔だったら・・」



総士の瞳が優しい・・



「僕はもう、他に何も要らない。」






ーー総士の気持ちが、・・嬉しい。





+++




大好きなこの島で 大好きな君が笑っている。
これ以上 望むものなんて 何も無い。
必要なものなんて 在りはしない。


大切なのは、今は泣いている君が笑っているという事実。
大切なのは、君が穏やかに暮らすことの出来る場所が
存在するという事実。


僕が使う最後の”もしも”は、
君の幸せを未来に願う ”もしも”で在りたいーーーー。







一騎、




いつかお前が誰かと 今この瞬間を悔やむ
”もしも”の話をしたとき



あとに残るものが虚しさではなく
優しさであることを



ーーーーいつも・・願っているよ。







「ありがとう・・総士。
俺も”もしも”を使うの、最後にするから
            ・・・聞いてくれるか?」


「あぁ、聞こう。−−教えてくれ、一騎。
僕にお前の”もしも”を。」



僕が握っていた一騎の手が、強く僕の手を握り返してくる。
一騎の涙は、いつの間にか止まっていた。






「・・いつか 竜宮島が平和になって、もしも総士が
変わらずそばに居てくれたらーーーー」








どうして





「俺も、他に何も要らないよ。」







どうしておまえは・・
そんな言葉を俺にくれるんだ。





本当は何処かで諦めていたのに。
お前の前では 諦めたわけじゃないと、
そう言ったけれど・・・。
でもあれはーーお前を安心させるために吐いた、

今の僕に出来る精一杯の嘘だった。


なのに
お前は・・・



また、そんなにもまっすぐな瞳で
僕の嘘を信じてしまうんだなーーー。

僕はお前に 嘘を吐く事しか出来ないのか?
残り時間を知りながら 
僕はお前をはぐらかす事しか出来ないのか?



僕が使った最後の”もしも”は、
あれで本当に正しかったのかーーー?


あの”もしも”は嘘なんかじゃない。
心から、そう思っている真実だ。
君が未来で笑ってくれるなら・・幸せに暮らしていけるなら、
他に何もーーー。




けれど、

もう一度だけ



もう一度だけ”もしも”を使う
チャンスがあるのなら



きっと今の僕なら、こう言うはずだ。





『いつか・・この竜宮島に平和が訪れて、
もしもそのとき お前が笑顔だったらーーー』




『そんなお前を ・・・いつまでも傍で
見つめて居られたなら・・・』












『僕はもう、他に何も要らないよ』













もしも、願いが叶うなら。









    NOVELに戻る    〜前編〜


こんにちは、青井です。
ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました!

余韻を残したまま、勝手に終わってしまいました・・(汗)
結局総士はどうなったんだと思われるかもしれません。
ですが それは皆様にお任せします。もしかしたら、このまま死んでしまうかも
知れない。もしかしたら、遠見先生の研究が間に合うかも知れない。
未来はどうなるか分かりません。だからこそきっと人は”もしも”を使って
願うのかもしれませんね?
 今回総士の回想で、狩谷先生との会話を使いました。あれはファフナーの第二話で
あった会話です。機会がありましたら是非 見なおしてみて下さいね。

一騎は最後まで総士の言葉を信じ、
総士はそんな一騎のために”自分の残り時間”を頭に入れて
自分がどうあるべきか考えるという姿を
少し書いています。皆様に少しでも伝われば、幸いです。
というか、ただ苦悩してただけに見えるかもしれませんね(笑)
それでは、この辺で。

2005.2.8.青井聖梨