あいつが隣に居ないまま



夏祭りが始まる




去年の思い出と約束
そして何より




俺の心を







置き去りにしたまま・・











残像少年
 〜ふたりぼっち〜







ガヤガヤ・・

月明かりに照らされて、一人の少年が
浴衣を着て鈴村神社までやって来た。
境内の近くには沢山の夜店が並んでいる。


「おーーーい!一騎!こっちこっち!!」

神社へと徐々に集まり始めた人々。
夏祭りはもう始まっていた。
そんな中、 大きな声で少年を呼ぶ人物がひとり、
遠くで手を振っていた。


「剣司ー。」


「やっと来たな!みんなお前を待ってたんだぜ?」


「あ、・・ご、ごめんーー。」


「−−・・・ま、いいけどさ。」


剣司は少し苦笑いをすると、一騎に
”向こうでみんな待ってるから、行こうぜ”と声をかけた。

一騎は”うん”と空返事で俯きながら答えた。



+++




「一騎くん!!見て、見て!可愛いでしょ?このお面。」


「あっーーうん。・・ホントだ。可愛いな、そのお面。」


真矢たちと合流した一騎は、沢山並ぶ夜店を皆でひとしきり回った。
ふいにお面を売っている夜店の前で、真矢が一騎に声をかけた。
目に見えて元気が無い一騎に何となく皆気づきながらも、
見て見ぬふりをした。原因は解かっていたからである。

真矢とはこの前総士の部屋で会った以来、まともに話す事がなかった。
久しぶりに明るい真矢の声を聴いた一騎は、心のどこかでほっとしていた。
しかし、心の穴を埋めるには足しにもならない安心感であった。

一騎に失いたくないものはもう無いと言われてから、
一騎とどう接していいか迷っていた真矢は、とりあえず笑顔で居ようと
心に決めていた。自分ができる事はすべてした。
後は一騎自身の問題なのだから。・・そう真矢は自分に言い聞かせた。


「一騎、お前も買えば?遠見とお揃いの猫のお面。」


「・・なんで?」


「お前似合いそうな顔つきじゃんか!」


くくっ・・と意地悪そうに笑う剣司の言葉に
”どういう意味だよ!”と一騎が非難の声を漏らした。
一騎の元気を取り戻そうと、剣司なりに考えて、一騎を
盛り立てたのだ。
一騎も剣司の優しさに気づいていたから、わざとその、冗談にのる。
一騎は、皆に迷惑を掛けている事に申し訳ないと思う反面、
しっかりしなくてはと、自分を諌めるのだった。


「俺は・・買うならこっちのお面がいいな・・。」


一騎が手にしたのは白い狐のお面だった。
ほっそりとした輪郭。つりあがった目つき。
なんだかじっと見つめていると、何でも騙してくれる気がした。
自分の隣に、総士が居ると・・騙して欲しかった。


「ふ〜ん?お前そっちのお面がいいわけ?意外だな・・。」

「・・・・おじさん、コレください。」


「買うのか?」


「あぁ・・・・。なんとなく、このお面欲しくなったーー。」


自分の気持ちを、騙して欲しくてーーー。


白い狐のお面を買った一騎は、早速かぶって見る。
丁度お面は、一騎の顔の輪郭に合っていたので被り易くなっていた。
被って見ると、視野が二つの穴から見えるだけのため、
景色がいっきに狭まった気がした。
一騎は狭い視野で辺りを見回してみる。
さっきよりも、人ごみが増えているようだ。


「うわ〜、人増えてきたな!もうすぐ花火始まるからなぁ・・」


ふと呟いた剣司の言葉に、一騎は大きく肩を震わせた。
花火が始まる・・。去年の花火が上がる風景を思い出す。
隣には総士。互いの手を握って空に上がる無数の大輪の花に酔いしれた。
瞳を閉じれば今も尚、目蓋に熱く蘇るーー総士の残像。
一騎は焼けるような激しい胸の痛みに顔を歪めた。


「一騎くん・・?どうしたの?」


「え・・、いや。−−なんでもないよ。」


一騎は”お面を被っていて良かった”と思った。
自分の歪む表情を、誰にも見られたくはなかったからだ。


「人が多くなってきたから逸れるなよ〜!」

剣司はそう言って、花火がよく見える場所に移動するよう
皆を促した。今年は去年とは違う場所で見るようだ。

はりきってどんどん前に進んでいく剣司。皆、前を歩く剣司を
見失わないように、必死に歩いた。人は尚も増え続ける。
一騎は剣司を見失わないように、お面を取って視野を広げようとした
そのとき・・。

ふと、取ろうとした瞬間に狭い視野の端に見慣れた長い髪と
長身の姿が目に映った。


一騎は急いでそちらを振り向く。
しかし振り向いた後には、もうその姿はなかった。
人ごみが全てをかき消してしまった。


「・・・まさか、な・・。」


なに期待してるんだよ。
居るわけが無いだろ・・。
きっと幻覚だ。残像だよーー。

そう心の中で呟いた。
そうだ、この狐のお面がきっと見せたんだろう、あの姿を。
騙して欲しいと強く自分が願ったから。
だからきっと、あんな姿が見えたんだ。

何度もそう自分に言い聞かせた一騎は、
再び歩き始めようとした。
が、さっきまで見えていた剣司の姿と皆の姿はもう無い。
皆の姿も、人ごみに再び かき消されてしまったようだ。
逸れてしまったらしい。


行き交う人々の群れの中、一騎はぽつり、
とその場に立ちすくんだ。

遠くでスピーカーから放送が流れている。
花火の時間が迫っていると。

ザワつく人々。高い丘や景色が一望できる場所を
探しに、人々はいっきに移動し始めた。

立ちすくんだまま、動かない一騎は、
じっとその光景を見ながら、その場を離れない。

するといつの間にか、あんなに居た人ごみが嘘の様に
無くなり、 一騎だけが夜店の並ぶ一本道に取り残された。


「・・また、ひとりになっちゃったな・・・。」


一騎はそう呟いて、手に持っていたお面を
強く握り締めた。


+++




気がつくと、去年花火を見た小高い丘に登っていた。
人は全くいなかった。
どうやらココからは花火を見るのには不十分なようだ。
少し遠い。そういえば、打ち上げる場所が去年と違うと父さんから聞いた。
だからだろうか、剣司が今年見る場所を変えたのは。


静寂に包まれた丘。辺りは草が生い茂っている。
この前ココに来たのは確か、総士とした約束を
思い出したからだっけ・・。
そんな事を考えながら、草の上に蹲った。

手に持っていた白い狐のお面を、もう一度被ってみる。
夜店の並んでいた場所は、明かりが無数あったため、
周囲が見えたが今は目の前が薄暗い。
それもそうだ。ここら辺の丘には明かりというものがないのだから。


「真っ暗だ・・・。何も・・見えない。」


一年前の風景と今の自分をふと、重ねて見る。
あのときは皆一緒だった。でも今はひとり。
あのときは花火がここからよく見えた。でも今年は見えにくい。
あのときは総士が隣にいた。でも今は・・・いない。

急に虚しくなって、お面を外した。
蹲りながら、きつく自分の身体を抱きしめた。

「・・ぅし。」

言葉が、口から零れ落ちる。


「・・・そ、うしーー」


今一番会いたいと願うその人の名。


「総・・・士っーーー」


一年前、ここで約束した相手。


「総士っーー!!」


何度も声に出して呼んでみる。


でも・・・


「そ・・・・しっ・・」


届かない、きっと。


瞳からは涙が溢れ出した。
地面に俯き、瞳をきつく閉じた。
あの日の残像が見たくてーー。

すると、


『一騎』

聴こえてくる・・あの日の声が。


・・今もきっと総士はフェストゥム側で自分という
存在を作り出しているに違いない。


何時帰ってくるかわからない。でも・・。
総士は帰ってくる、きっと。

だから俺は、あの日の残像を思い描きながら、
果たされない約束を待ち続けていけばいい。

総士は諦めてないはず。
それなら俺だって諦めない。
寂しくたって、悲しくたって、俺の中にはあの日の総士が
生き続けている。だから平気なんだ。

俺は流れ落ちる涙を浴衣の袖で拭うと、俯いた顔を
持ち上げて正面を見上げた。
そして、決して返事の返ってこない空中に言葉を投げかけた。


「俺・・・頑張るから。総士がいなくても、ひとりだって・・
平気だからーーー。だから総士・・心配するなよっ・・・」


どこかで聞いていてくれるといい。
この声が、空中でかき消される前に。
お前の居る場所まで、響いてくれるといい・・。


総士。




















「それは困るな。」





















「ーーーーーー・・えっ・・・・?」



















聴こえるはずの無い・・答えるはずの無い声が
聴こえた気がした。

俺は驚いて、声が聴こえた気がした背後へと振り返る。




すると、そこには・・・




長い髪に自分より高い背丈。
アルヴィスの制服をまとい、
左目には大きな裂けた傷をもった少年が立っていた。



「そ・・・・・う、し・・・?」


名前を呼ぶ声が思わず震えた。



「僕はお前が居ないとダメなのに・・
お前は僕が居なくても平気なのか?・・・一騎。」



そう言って薄く微笑んだ。



夢を見ているのだろうか?
それとも残像だろうか?
俺は恐る恐る彼へと近づいてみる。

すると彼は呟いた。


「・・・花火はもう終わってしまったのか?
ーー今年は二人で見ようと約束しただろう・・?」



”覚えていないか?”と目の前の彼は俺に聞いてくる。



その言葉を聞いて、涙が零れ落ちた。



総士だ・・・




総士が・・・・帰ってきてくれた。


残像なんかじゃない。本物の、皆城総士が今・・
俺の目の前に、いる。



「そうしぃぃぃっ!!!」


俺は目の前にいる総士へと思い切り抱きついた。
体の震えが止まらない。
涙で視界がぼやける。・・でも今俺が抱きついている人は
確かに皆城総士でーー。

温かい身体、広い胸板・・確かに抱きしめ返してくれる力強い、腕。
皆城総士はここに居る。確かにここに存在している。
そう実感させてくれる。

総士の部屋のベッドシーツの匂いと抱きついた総士の匂いが重なる。
あの日の残像が、今この瞬間、俺を受け止めてくれるその人物と重なる。


「総士っ・・総士っーー!!」


泣きながら抱きつく俺を、総士は宥めるように強く、
抱きしめ返してくれた。


「俺・・・覚えてたよずっとーー・・約束、覚えてたっーー」


忘れた事なんてなかった。
総士との約束、思い出、どれ一つ失いたくなかったから。


「あぁ・・・ありがとうーー。」

優しい総士の声が、俺の胸に響いてきた。
総士は抱きつく俺を、離すと、俺の顔を覗き込んでくる。



「・・・僕はお前を泣かせてばかりだな・・。」

そう言って、左手で俺の頬に触れてきた。
そして俺の涙をそっと、拭ってくれる。

俺はその心地よさに瞳を閉じた。

すると、今度は総士の唇が俺の目元に当たった。
顔の至る所にキスをしてくる総士。


「もう泣くな・・僕はここに居る。」


そう一言呟いて、最後に俺の唇へと
そっと触れるようなキスをした。


閉じてきた瞳を開け、俺は目の前の総士を見つめる。
目を細めて愛しそうに俺を見つめてくる総士と、
視線が重なり合った。


静けさの中、優しい風が吹く。
まるで俺たちを包み込んでくれるようだった。
俺を見つめる総士の瞳が静かに揺れる。




「一騎・・・」


俺を呼ぶ、優しい総士の声が降ってくる。


「総士・・・」


その声にゆっくりと俺は答える。






「ただいま、一騎。」




ずっと待ち続けた その一言。






「・・おかえり・・総士。」




微笑む総士に、俺も微笑み返す。
すると、総士と俺の視線が絡み合った。

その瞬間、遠くで花火の上がる音が聴こえた。
でも、今は花火よりも ずっと見たかった
総士の笑顔が目の前にある。
嬉しくて、嬉しくて・・止まったはずの涙が、
再び溢れてきてしまいそうになる。



総士は俺の髪を撫でると、
額にキスを落として一言呟いた。



「もう、ひとりになど させやしないーー。」



俺はその言葉を聞いて、小さく笑った。





総士。



この世界に俺とお前、二人しか居なかったら
どうなるんだろうな?


けど俺はそれでも構わないよ。


だって、お前が居ない世界は 
俺にとって ひとりでいる事と同じだから。




総士。



お前と二人なら、



きっと









ーーーーーー何も怖くなんて無いよ。













  NOVELに戻る  〜ひとりぼっちに戻る〜


はい、お疲れ様でした。青井です、こんにちは。
長編になってしまいましたが、どうでしたか?
このお話は総士が居なくなって、一年後のお話です。
というか帰還話です(笑)
みなさん きっと、総士はこんな風に帰ってくるだろうという想像が
あると思いますが、私はこんな感じです。
本当はもっと早く帰ってきて欲しいんですけどね。

とりあえず一騎との約束は総士に守らせたかったんです。
あ、電話の約束は別に総士、約束破ってませんよ?
”部屋に居るときに”五回鳴るまでには電話に出ると約束したんで。
居ない時に出なかった訳ですから、約束は破ってないですよ〜(笑)

今回はこの続きをキリ番という形で書かせていただきます。
それでは失礼しました。

2005.3.23.青井聖梨