優しい唄が、歌えない。











君に誓いし、僕の唄



















静かな海をいつまでも眺めていた。
透き通るような海の青と、何処までも深い空の青。

僕はそっと瞳を閉じて、どこからともなく吹いて来る
爽やかな潮風に身体を預けた。
すると、後ろから僕を呼ぶ声が聴こえた。



「皆城君・・・」




振り返ると、そこには唯一 島の実情を知る僕のパートナーが
とても深刻な表情をしながらそこに佇んでいた。
彼女の名前は蔵前果林。
僕のクラスメート兼パートナーだ。

蔵前は、ファフナーのテストパイロットとして皆城家に養子に入った。
そして今は僕と組んで、ファフナーの訓練を密かに島の地下施設
と島の外で時々行なっている。当然、人類から見つからない程度の許容範囲だが。


「・・・どうかしたのか?蔵前。」


僕は蔵前に向き直りながら、彼女の言葉を静かに待った。
すると彼女は、僕と視線を絡めた途端に表情を歪めて 俯いてしまった。
両手で顔を覆い隠している。


「蔵前・・・・・・・」


彼女は、泣いていた。


いきなり泣き出した蔵前。
僕は何故彼女が突然泣き出したか、理由も聞かずに
ただ、さざめく海に視線を移した。
瞳を細めて 目の前に広がる海の青に吸い込まれるかのように、心を鎮める。


彼女が泣き出した理由なんて、今の僕には聞かなくてもわかった。
僕と彼女は 同じ世界を見ている。特別親しいわけでも、仲が良いわけでもない。
でも 同じ世界で同じモノを見ているから、わかる。
僕らに、泣く理由なんていくらでもある。
だから。−−−−彼女が泣き出した理由なんて、聞く必要はなかった。



「海は・・・・綺麗だな。とくに、初夏の海はーーー。」


僕が独りゴトのように そう呟くと、蔵前はただ、すすり泣きながら深く頷いた。
そんな彼女を横目で見ながら、僕は彼女にどうしてやる事もできない。

蔵前はきっと、僕に好意を持ってくれている。

慢心でも、自惚れでもない。
彼女の熱い視線を、時々感じることがある。
そして、クラスメートや大人の前でも虚勢を張って前に進もうとする彼女。
常に強く在ろうと、彼女は努力していた。
だが、僕の前では こんなにも脆く、こんなにも弱弱しい。そんな姿を、みせる。

きっと僕に救いを求めているに違いない。
僕の心を欲しているに違いない。

彼女は求めているのだ。支えになる何かを。
そして・・・・愛する人の心を。


僕と・・・・同じように。





「朝焼けの海も・・・・こんな風に、綺麗だろうか?」



”今度確かめてみないとな・・”
僕はそう語尾に付けたしながら、そっと蔵前の近くまで歩み寄る。
蔵前は近づいてくる僕に、少し身体を強張らせながら 涙を拭うと、顔を上げた。
期待させてはいけない。そう、僕の中のもう一人の僕が呟く。




「すまない・・。僕は君に何もしてやれない。」



瞳を逸らさずに、真正面から彼女にそう告げた。
逃げてはいけないと思った。
せめて、彼女の気持ちをきちんと受け止めたかったから。

蔵前は一瞬、傷ついた表情をしたかと思えば、
今度は困ったように 僕へと微笑んだ。


「・・・朝焼けの海を一緒に見に行きたい人が・・・皆城君には居るのね・・?」



瞳を潤ませて、微かに声を震わせる彼女。
少しウエーブがかった長い髪が潮風に揺れる。

僕は瞳を静かに伏せると、波音に耳をすませた。
波音に彼女の声が交ざる。


「あぁ・・・・。」


僕は出来るだけ短く、そして彼女の心に響くように 深い声音で
そっと、答えた。



「そう・・−−わかった。ごめんね、泣いたりして・・・」


蔵前はそう言って、一端頭を下げると、再び頭と顔を上げ、
先程とは打って変わって急に明るい表情と声で僕に聞いてきた。


「皆城君は強いね。きっと皆城君はーー泣いたりなんて、しないのね・・」



彼女の言葉に、僕は軽い苦笑いをすると
今度は何処までも広く深い空の青を見つめた。





「涙はどこかに置いて来てしまったよ」





+++
















「一騎、朝焼けの海を・・一緒に見に行かないか?」



下校時間に昇降口で、不意に背後から声をかけられた一騎は、
声のする方へと視線を向ける。
すると、そこには 自分より高い背丈に、カーキ色した長い髪を髪先で軽く縛った
綺麗な顔立ちの美少年がスラリと立っていた。


「総士・・」


一騎は少し驚きながら、目の前の幼馴染に身体を向けると
上目遣いに幼馴染を見つめた。

銀色の双眸が、一騎の栗色の双眸を深く呑み込むように
惹きつけると、瞬時に細められた。
一騎は一瞬、トクン・・と鼓動を高鳴らせた。
吸い込まれるように銀色の瞳に全てを捉えられる。


「そ・・総士・・・どう、したんだ・・・?急にーーー」



そう言うのが、今の一騎にはやっとだった。
顔が火照って仕方がない。
目の前の総士が、余りにも真摯な瞳で自分を見つめてくるので
一騎自身、どう返事すればいいのか分からなかったのだ。

目の前で視線を逸らし、少し恥らいながら 頬を林檎のように赤く染めて
戸惑う一騎に、総士は思わずクスクスと、笑い始めた。


「な・・・!なんで笑うんだよっ・・・!!」


一騎が膨れた顔で、軽い抗議の声をあげる。
総士は右手で口元を押さえると、”すまない、ついーー”と軽く云った。


「可愛いな、お前は。」


笑いを抑えて、そう呟く。
総士の言葉に”何、言ってんだーー・・・!!”と更に非難の声を
漏らしながら 赤くなる一騎。
総士は明らかに一騎をからかっていた。


一通りからかい終えると、総士は再び本題に戻し、
一騎にもう一度誘いを入れた。



「明日、朝焼けの海を見に行かないか・・・?−−−二人で。」


深い声に、総士の優しい想いが交ざって 昇降口に響き渡った。
一騎は、自分の正面で温かく微笑む総士に刹那、見惚れてしまった。
するとハッ、と気づくや否や 総士の顔が鼻先まで近づいてきた。


「聞いてるのか、一騎?」


銀色の瞳が栗色の瞳とぶつかる。
いきなり近づけられた総士の顔。
一騎は心臓が飛び出るほど驚きながら、
心持ち、半歩後ろへと下がった。


「き、聞いてるよ・・・」


しどろもどろになりながら、一騎は誤魔化すように笑った。
そして高鳴る鼓動をどうにか鎮めようと、軽く呼吸を整える。


「でも・・なんで急に朝焼けの海、なんだ・・・?」


呼吸を整えながら、疑問に思ったことを一騎は不意に口にした。
総士は再び微笑むと、言葉を紡いだ。



「朝の海も昼の海も、そして夕焼けの海、夜の海・・今言ったすべては今まで見たことがあるんだが、
不思議と朝焼けの海は・・まだ見たことが無い。だから・・見て見たいと思った。おかしいか・・?」


総士はまるで囁くように、一騎へと言葉を零した。
一騎は総士の言葉を受け止めると、さらに疑問を投げかけた。


「おかしくはないけど・・・、なんで俺と一緒に、・・なんだ?」


一騎の純粋な疑問に、総士は甘くも切ない、胸の痛みを感じた。
思わず苦笑してしまう。
目の前の、どこまでも澄んだ栗色の瞳に。
上手い口実が見つからなくて、総士は咄嗟に誤魔化した。



「・・・・・・なんとなく、そう思っただけだ。」




胸に秘めた、その想いと共に。



+++


















「一騎!こっちだ。」


時刻は4時35分。
辺りはまだ少し薄暗い。
だが、夏は日の出の時刻が他の季節よりも早い。
そのため、もう少しで海の彼方から、日が顔を出そうとしていた。



「総士、大丈夫なのか?こんな、勝手に灯台なんか上っちゃって・・」


「心配するな。ちゃんと、許可は得ている。」


朝の海は静寂に包まれていて、まだ眠っているかのようだった。
海の色が昼間や夕方と違って、深い青に黒が混ざったような 
藍色に近い色へと変化していた。少し怖いくらいの、深い色合いである。



「一騎、こっちに来い。ここなら海の全てを見渡せる。」


総士は、自然と一騎の手を引くと、一番見えやすい場所を示唆した。
灯台は島の端に位置しており、比較的高い地形の上に建てられていた。
海を見渡すにはこの場所の方が、海岸よりも効率が良い。



「うわ〜〜っ、凄いな。やっぱ海は広いな・・」


改めて見渡す海。普段見慣れているといっても、この高さから見ることは滅多にない。
やはり違う角度から見渡す海は不思議と普段と違うモノに見える。
一騎はため息混じりにそう言って、目の前の光景に釘付けとなった。
総士は、自分の横で無邪気にこの風景へとのめり込んでいる一騎に 
安堵と安らぎを感じていた。

ここの所、張り詰めた訓練内容だった。
おまけに学校行事の準備も同時並行でしなければならなかった為、
心休まる時間がなかった。休日は大抵訓練で潰れる。
島の子供たちに勘付かれないようにと、訓練は極秘で行なわれていたため、
休日にするしかなかったのだ。

精神的にも、肉体的にも、限界が近づいていた。
だからだろう。
・・・蔵前果林が、あのとき泣き出したのは。





本当は理由なんていくらでもある。
彼女がそれだけで泣き出すとは思えなかった。

おそらく、総士の考えた理由で 一番当てはまるモノとして
彼女の瞳が・・主な原因だろうと総士は思った。


赤い瞳。
蔵前果林は、すでに瞳の色を赤へと変化させていた。
それは、ファフナーに対する過剰接触を意味する。
ーー彼女はファフナーのテストパイロットとして、ファフナーに何度も搭乗した。
そのため、彼女の中の染色体に変化が生じ、その変化が瞳の色へと表れてしまったのだ。

そう、それはつまり・・・





「同化現象・・・」








「−−−えっ・・?」



不意に、言葉が口をついた。
総士が気づいた時にはもう、声に出した後だった。
一騎はきょとん、と目を丸くしながら 総士の言葉を反復しようとする。


「え・・・なに・・?ドウカ、ゲンーー・・」


そこまで言いかけて、総士の言葉に遮られる。


「っ・・一騎!!なんでもないんだ。−−お前は、・・気にしなくていい。」


焦ったように、総士は一騎から顔を逸らした。
一騎はそんな総士の動揺した態度に訝しげな視線を送る。
すると、その瞬間。
空がカッ、と明るくなったーーーー。





「一騎!日が出るぞーー!!」



総士の普段より少し甲高い声音が、空中に木霊した。




「っ・・・ 〜〜うわぁぁっ・・・・・!!!」





海の彼方から、一筋の赤い光が射し込んだかと思えば、
一瞬にしてその赤は辺り一面を覆い、周囲の闇を打ち消して その場に朝を呼び込んだ。




「すごい・・・・っ!!!きれ、いーーーーだ・・」



途切れ途切れの言葉を空中に吐き出しながら、一騎は感動に胸を震わせていた。
一騎の隣に並んだ総士は、同じように、感慨に浸っていた。



「あぁ・・・・!!本当に綺麗だ・・・・。ここまでとは、正直予想できなかった・・・」


純粋に思った言葉を口にした。
普段は嘘ばかり吐く自分。
誤魔化して、隠して、何一つ本当の事が言えない。
だけどこんな時くらいは・・・。そう、心から思う。



蔵前果林は、きっと総士自身が一騎に求めているモノを
同じように求めていた。自分に。
きっと、泣き出した あのときも。

だけど、自分には 彼女に与えてやる事は出来ない。
わかりきった事だった。
いくら同じ世界を見ているからといって、それ以上でもそれ以下でも
彼女の中に、総士自身愛情を見出す事は出来なかったのだ。






朝焼けの海から吹く潮風が、二人の頬を掠める。
風に、髪が心地よく流され、肌を離れる。

僕のすぐ側で、目の前に広がる朝焼けをその大きな栗色の瞳に
焼き付けながらキミは 花が綻ぶようにそっと笑った。


真っ赤に染まった美しい海。
それよりも、赤く照らされたキミの横顔の方が、酷く美しくて・・


僕は朝焼けの海を見るよりも キミを静かに見つめていた。
この瞳に、焼きつくようにと。

そして、僕は想う。

この海がこんなに綺麗なのは、きっと キミが隣に居るからなんだ、
すぐ傍で そんな風に笑うから、この海はこんなにも綺麗なんだと。




ーーーーーー瞬間。




不意に風に混じってキミの声が僕の耳に届いた。






                                  「総士・・・また、見に来ような」










そのとき、




キミの瞳には きっと


またこの場所で、朝焼けの海を眺めながら 同じ世界に立つ、

二人の未来が映し出されていたに違いない。






キミのそんな姿に、僕の胸は 焼けるような痛みと
こみあげるほどの愛しさを 激しく宿した。





 


                             『皆城君は強いね。きっと皆城君はーー泣いたりなんて、しないのね・・』







彼女の言葉を、思い出す。





ほんとは、強くなんてなかった。
無性に、やりきれなかった。


僕も きみと同じだ蔵前。
・・ただ、縋る人が違うだけで。

僕も本当は、ずっと怖かったんだ。



先の見えない未来も、目の前に在る現実も。
目を背ける勇気が無かっただけで・・・きっと、


弱さは今も この胸にある。





                                               『涙はどこかに置いて来てしまったよ』









何故だろう?
僕はいつの間にか、泣けなくなってしまったんだ。




泣きそうなのに。それなのにーー。










                              「総士・・・?どうか、したーー?」








でも、泣かなかった。



僕はもう 悲しい事で 泣きたくはなかったから。



そんなことでもう、泣くのは・・・疲れたから。







                           「いや・・なんでもない。−−また、来よう一騎」









泣くのなら、今度は・・・






                                  「じゃあ、約束な!」








嬉しい事で、泣きたいから。












”約束”と言ってキミは、自然と僕と向かい合う。
そして そっと左手の小指を差し出したかと思えば、
僕の左手の小指とそれを絡ませた。


僕は驚いて、されるがままになっていた。


するとキミは、ひとりで静けさの中、歌い出す。



         
                                 「ゆ〜びき〜り、げんまん・・」





そこまで云って、今度は”総士も歌えよ”と
少し膨れたように、促された。



僕は苦笑すると、一騎と一緒に歌うことにした。
一騎は妙なところが子供っぽい。
これがまた、天然だというのだから、 困る。





                                 「「ゆーびきーり、げんまん、うーそついたら・・」」






そこまで歌って、僕は声をつまらせた。



胸に広がるこの想いを
止める事が出来なかったからだ。






                                「一騎・・・・−−−−すまない・・・」






絡められた指先もそのままに、

空いている右手でそっと、キミを抱き寄せた。








                                   「そ、う・・・し・・・?」






右腕に少しずつ力を込める。


やがて、軋むほど強く、キミを抱きしめた。






                                 「もう・・・・これ以上はーーー・・・」









                                     歌えない。








                                 「歌え、ないんだ・・・・・」








歌いたいけど・・・



キミのために、歌いたいけどーーー



でも、これ以上は





これ以上、キミに嘘は  吐きたくないから。



だから・・・・







                                 優しい唄は、歌えないよ。














                                     「総士・・・・・・」








優しい嘘を吐けない、僕を許して。










                              







                                  あぁ、どうか。






                           どうか 優しい唄が歌えない代わりに











                                 このぬくもりだけは























                                キミに優しくあればいい。




  

















     NOVELに戻る    君に捧げし、僕の唄へジャンプする



こんにちは、青井聖梨です。
今回は、総一小説のコラボレーションということで、このようなお話を書かせて頂きました。
テーマは”甘酸っぱい”でしたが・・いかがでしたでしょうか?
なってますか、甘酸っぱく・・?(笑)あ、ひとつ言いたいことが。
総士が約束出来ずにいたことの根底にあるのは、一緒にまた朝焼けを見に行く事ではないです。
先の見えない未来へ約束する事は 無責任であると判断した為です。・・・伝わってますかね?(汗)
私もまだまだですね・・・きっと。

このつづきは、私が大尊敬してやまない、キミニズムの夜月奏弥様
のサイトさんへ行けば 読めるのですよ〜vv是非、行ってみて下さいませ。そして、あなた様も
夜月さんのファンになりましょうvvv

今回コラボさせて頂けて、本当に感無量です!!あぁ、夢のようです〜〜vv
というわけで、生きてて良かったと思う青井でした。2005.9.21.