一騎、僕ら 




何をそんなに間違った?
















サヨナラを響かせて
〜2〜









「えっ・・・・」



朝の教室は嫌に静かで、少し不気味な気がした。
まだ早朝なので、人気もなく、空っぽな教室。

僕は学級委員の仕事で、今日はいつもより早く学校にやって来ていた。
今日の一時間目は体育だ。
初夏に近いこの時期は、グラウンドで陸上競技を大抵やっている。
夏本番になると水泳に切り替わるが、まだ切り替えるには早い時期だった。

教室にカバンを置いて、事務室に鍵を取りに行く。そして、鍵をもらったら
体育倉庫からポールとハードル、ライン引きを取り出して、グラウンドの端に
用意する流れだった。ーーが、出端を挫かれた。


教室に入ると、知らない女子が 僕の席に座っていたのだ。
僕は何事かと、不審に思った。
すると、彼女は僕が来た事に気付いて、顔を真っ赤に染め上げた。

その瞬間、僕は気づく。



そういうことか・・・、と。





「・・・・・・・・・・なにしてるんだ?」




僕は出来るだけ自然に問いかける。



「あ、のっ・・・・・!!」


彼女は、しどろもどろになりながら、席を立って僕を熱く見つめてきた。



「−−−−−−其処は僕の席なんだが・・」



事態を丸く収めたいが為に、気づかない不利を
決め込む僕。


出来るだけ、関わりたくはなかった。
島の秘密に携わる僕は、人と馴れ合わないことを
大前提に日常を過ごしているのだから。


「皆城君っ・・・・わ、わたしーーーーあの・・・」


慌てたように、恥ずかしそうに林檎色の頬もそのままに
僕に何かを伝えてこようとする名前も知らない彼女に、
僕は 付け入る隙を与えなかった。


「すまない、急いでるんだーー何かこの教室に用があるなら
後から来た奴に話してくれ。」



そう言って、僕はロッカーにカバンを置くと 教室を後にしようとした。
が、その瞬間 後ろからパーカーの端を掴まれた。
僕は思わず振り向いた。

すると、気づかないうちに彼女が近づいてきていた。
上目遣いに僕を見上げてくる。



「っ〜〜〜・・・−−好きです!!!」


静寂に包まれた教室に響き渡るような大声で
はっきりと彼女はそう言った。


僕は包み隠さず、僕にとって最善の選択をとる。
彼女には残酷に聞こえるかもしれない。
でも、この名前も知らない彼女のためにも後々最善の答えに
なるであろう返事しか 今の僕にはできなかった。



「・・・僕は好きじゃない」




彼女は一瞬、凍り付いた顔をした。




僕は彼女が掴んだパーカーの端を振り払うと
教室を出る。




その途端、目の前に黒い影が落ちた。




柔らかな黒髪に大きな栗色の双眸。
カバンを片手に、立ち竦んでいた華奢な身体。
服越しに綺麗なラインを描きながら、僕を見上げる
綺麗な顔立ち。

僕をキツク睨んでいた。



「・・・・・・随分早いんだな。」



そんな言葉しか出なかった。
お座成りな言葉をぞんざいに吐いた。


動揺はしていなかった。


嘘も後ろめたさも無い。
すべて真実なのだからーーーー。



「−−−−−総士、お前・・・」



一騎はそこまで言いかけて、口を閉ざした。
表情が険しくなる。

久しぶりにまともに僕の顔を見てくれたのに
睨まれるだけだなんて、ついてないな・・・僕は。

そんな事を思う。



「なんだ・・・?はっきり言えばいい。」


僕は敢えて先を促した。
たとえ残酷な言葉が出ようと、向き合う覚悟は出来ていた。



僕は・・・



中途半端な覚悟で、この想いを守ろうなんて思ったことは無い。





「・・・・・変わったよ。−−前は、そんな奴じゃなかった・・」



怒りも悲しみも含んだ声色が、僕の胸を締め付けた。
大きな栗色の瞳が、何処からともなく吹いてきた風に揺れる
風は、僕の長い髪と君の黒い髪を優しく撫でていった。

一騎にゆっくりと視線を落とし、僕は答えた。



「・・・・何一つ変わってないさ。ただ、正直で居たかっただけだ。」


不器用な自分、君に恋している自分、
僕自身は何一つとして変わらないのに。



なのに僕ら・・




何をこんなにも間違った?




「ーーーーー正直で・・?」







一騎が反復して僕の言葉を繰り返した。
少し不思議そうな顔で僕を一心に見上げてくる。




その栗色に吸い込まれそうなほど、見つめられて
僕の鼓動はそっと動き出す。



「あぁ・・・・、自分の気持ちに嘘は、吐けない。」




「・・・・・・・・・・・・」



はっきりそういった僕の言葉に、真実を見たのだろうか。
一騎は急に黙ってしまった。
そして、いつものように視線を外す。

その仕草が、拒絶を意味しているのか、動揺を意味しているのか
今の僕にはわからない。

・・・一騎の傍を離れてしまった、今の僕には。




ーーあの頃の僕なら、わかったかもしれないけれど・・・
でももう、僕たちは・・・。



「−−−−すまないが、授業の準備をしないといけないんだ。」


この場の沈黙に耐えかねた僕は
そう断りを短く入れると、再び歩き出そうとした。









刹那ーーーーーー。







「−−−−!!」





裾を、すれ違いざま掴まれた。







先程、見知らぬ女子に掴まれた感覚とは
明らかに違う何かが、僕の中に響き渡るようだった。



一騎に掴まれた部分が、・・・・熱い。






「ど、うした・・ーーー?」




さすがの僕も、動揺した。




一騎は、外した視線を一瞬僕に戻すと
頬を桜色に染め上げて言った。




「・・・・・・・・・ごめ、ん」





言って、俯いた。







一騎、お前はずるいな。

いつも真っ直ぐで、僕よりも自分の気持ちに正直で・・
そんなにも か弱くて、純粋で、



・・・・・・・優しい。





自分以外の奴が傷つく事をいつも嫌っているお前。
自分の否を、そんなにも素直に受け止めて謝罪できるお前。
自分の言った事に責任を持って、自分を恥じるお前。


そんなお前が、僕は好きで堪らない。

でも、




僕をくじけそうにさせるお前は、嫌いだ。



僕の弱さを優しく包むお前は、嫌いなんだ・・。
僕の覚悟は お前を傷つける。


そんな僕を許しては駄目だ・・・・一騎。




「・・・・・・・・・・気にしていない」



そういうのが、やっとだった。

君が掴んだ僕の裾が熱くて、堪らない。



僕は、その熱から早く逃れようと
不覚にも 君の手に触れた。



瞬間、後悔が 僕の胸に押し寄せる。




ーーーードクン。






温かい、君の少し小さな手。
滑らかで、綺麗で、優しい 感触。




”離したくない”







気づいたときには、もう遅くて、




君の手を




・・・強く握り締めていた。






「−−−−そ、・・・うし・・・?」








君は、瞳を大きく見開いて 
驚愕の声を宙に零した。





「っーーーーーーー!!」




僕は咄嗟に、手を乱暴に振り放す。




無意識とは云え、思わぬ失態だった。
衝動が、僕の身体を支配したのだ。




「な、・・なんでもないっーーー!!」


僕は声を荒げて言い放つと、一騎の横を駆け抜けた。







初夏の風が、僕の身体を柔らかに掠める。
風に乗って、どこか遠くに行きたい気分だ。
今、君の傍に居たら 想いが溢れそうで怖かった。



僕は




君ではない誰かを・・
他の誰かを守る使命を担っても


君を・・・・愛していた。






傍に居れなくたって、どんなに傷ついたって
僕はやっぱり、求めてしまうんだ。






君を・・・。




この腕が、君を抱きしめたがっている。
この指先が、君に触れたがっている。


この心がーーーーーーーーーーー







君を愛したがっている。





いつだって・・・きっと。
心の何処かで。








一騎・・僕ら




何をそんなに間違った?











どうして僕は、










真っ直ぐ君を

       愛せないんだ?













ほんと、どうして・・・・










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こんにちは!青井聖梨です。
今回の話は少し長いですけど、いつもよりは短いですよ〜vv

総士の衝動に戸惑う一騎。
なんか私の書く総士ってモテるの前提なんですけど(汗)
なんでだろう・・?やはり攻めはモテてなんぼですよ☆★

少しは一騎との距離、縮まったかな?
次回は一騎の想いです。
それでは失礼しました〜。
2005.10.13.青井聖梨